大海戦前夜Ⅱ
一九五九年四月二十七日、フロリダ海峡。
フロリダ海峡に浮かぶ海上要塞で、月虹の主要な船魄と若干の人間は、作戦会議を開いていた。ドイツの人工衛星からの情報で、日ソ連合艦隊がグレナダから西に動き出したということはわかっている。
ティルピッツがドイツからの報告を伝える。
「敵艦隊は明らかに西に向かって動いている。現地の諜報員からの情報によれば、グレナダに残っている艦艇は修理中で動けないもののみであり、ほぼ全戦力で西に出撃したと考えられる」
「そう。ありがとう。敵はどういう針路で攻めてくるかしら」
瑞鶴が問を発する。
「あれほどの大艦隊がキューバとハイチの間、ウィンドワード海峡を通過するのは考えにくい。キューバを南から半周してここに攻め込んでくるのが定石だろう」
「ウィンドワード海峡とやらはそんなに狭いのか?」
ツェッペリンがティルピッツに尋ねた。
「もちろん、通れないということではない。とは言え、海峡の中で戦闘になって動き回るとなれば、狭いと言えるだろう」
「そういうものか」
「ドイツ海軍としては、日本軍とソ連軍はユカタン海峡を通ってフロリダに攻め込んでくると予想している。我々はこれをほぼ確実だと思っている」
「そうね。私も同意見よ」
「しかし瑞鶴さん、敵が必ずしも全艦隊で動くとは限らないのではありませんか? 例えば艦隊を二つに分けて、わたくし達を挟み撃ちにすることも考えられます」
高雄は言う。艦隊を分割するのであればウィンドワード海峡を通過するのは容易である。キューバを北回りする艦隊と南回りする艦隊を編成してフロリダ海峡に攻め込んでくる可能性もある。
「まあ、その可能性はあるわね」
「あ、あの、妙高は、その可能性はあまりないかと、思います」
「どうしてそう思うの?」
「相手は『妙高達が人工衛星で動きを察知できること』を知っています。相手の立場になってみて、自分達の動きが常に知られていると思うと、艦隊を迂闊に分けようとは思わないんじゃないでしょうか……」
「なるほどねえ」
「何を言ってるのか我にはさっぱり分からん」
ツェッペリンは混乱しているし、妙高の言葉を正確に理解できた者は3分の2ほどであった。そんなツェッペリンをペーター・シュトラッサーがこれ見よがしに挑発する。
「ふん。無能め。この場にいる意味ないんじゃないか?」
「では貴様は分かっておるのか!?」
「当たり前だ。妙高の言うように、自分達だけが人工衛星で監視されていると考えてみろ。そんな状況で艦隊を分割したらどうなる? 分割した艦隊に敵が群がってきて、簡単に各個撃破されるだろ?」
「お、おう、そうか……」
部隊を分けるという古今東西普遍的に見られる戦術は、上手くいけば敵を挟撃したり包囲したりできるが、失敗すれば各個撃破されるものである。その危険性はどんな状況でも付き纏うが、人工衛星から常時監視されている状況下では、間違いなく各個撃破されるだろう。
帝国海軍の首脳部がそんなことも分からないほど愚かではない限り、偵察部隊などを除いて艦隊を分割することはないと考えられる。
「だったら逆に、こっちは挟み撃ちすることができそうね。敵に奇襲される危険性はないんだし」
「人工衛星の監視は完全ではないが、まあ艦隊規模のものを見逃すことはないだろう」
瑞鶴の提案にティルピッツは応えた。
「挟み撃ちと言うと、具体的にはどうするのだ?」
「敵がキューバの南側辺りにいるところで、こっちは快速の艦隊を出して、ウィンドワード海峡を通過して敵の背後を衝く。これなら悪くないんじゃない?」
「主力の戦艦部隊は正面から待ち構えるということでしょうか?」
高雄が尋ねた。
「そうね。そうして、戦艦と巡洋艦部隊で挟み撃ちにできれば、一気に大打撃を与えられる筈よ」
「十分な航空支援が約束されるのであれば、ドイツ海軍としては反対することはないのであります」
ビスマルクは言う。艦隊を分割する上での懸念点は空からの攻撃である。挟み撃ちをする前にこちらが大打撃を受ける可能性もあるだろう。
「それについては問題ないわ。ここから戦場のどこへでも艦載機が届くもの」
「それならば、敵の主力艦隊を一気呵成に撃滅し、敵の交戦の意志を挫くのが定石でありますね」
「そうね。そうするつもりよ」
月虹は決定的な勝利を収めなければならない。帝国海軍に恐れをなして逃げたとなれば、ドイツやアメリカからどんな扱いをされるか分からない。良くて従属的な地位に甘んじることを余儀なくされるだろう。
作戦はおおよそこれで決定した。そのすぐ後、瑞鶴はアメリカ海軍のジョン・F・ケネディ中将と密かに話し合っていた。
「――日本軍がアメリカ本土を攻撃したとなれば、確かに我が国にも参戦の機運が生じるかもしれない。だが、バレた時は大変だぞ?」
アメリカを扇動して参戦させる計画を、いよいよ実行に移せる時が来た。日本軍の艦載機の航続距離にフロリダ半島が入るのだ。
「バレないようにするのがあんたの役目でしょ。それに、墜落して粉々になったら、誰の艦載機かなんて判別できないわ」
「その言葉、信じていいんだね?」
「もちろんよ。私を誰だと思ってるの」
「……分かった。だが、くれぐれもヘマはしないでくれ」
「私達の生存が掛かってるんだから、そんなことしないわよ」
瑞鶴とケネディ中将は秘密の作戦を同時に抱えている。




