通商破壊戦の結末
金剛ら戦艦部隊と伊吹ら重巡部隊は、輸送艦隊本体と合流した。この状況に際し、瑞牆は決断を迫られていた。
「別に相手が増えたった訳じゃないし、攻撃してもいいかな。どうしよっかな」
瑞牆がぼやくと、天城が答えた。
『相手は増えておりますよ。鳳翔らの護衛についていた者と先程戦った者とが合流しています』
戦艦と重巡は月虹に先手を打つべく打って出てきたのであって、それ以外の艦艇は輸送艦隊の直接の護衛に当たっていた。その戦力も合わせて相手しなければならない。
「まあ、それはそうだけど、大して気にする必要ないんじゃないかな」
『そのような慢心は身を滅ぼします』
「そうだね。肝に銘じておくよ。とは言え、ボク達の仕事は輸送艦隊を壊滅させることなんだから、攻撃するべきじゃないかな?」
『それには同意しましょう。しかし、ゆめゆめ油断なされぬよう』
「わかってるって。じゃあ、全艦、態勢を整え次第、敵の本隊を攻撃にしに向かおうか」
戦艦や重巡を相手に勝ったとて意味はない。敵の輸送艦隊を潰さなければならないのだ。日ソ連合艦隊の補給を断ち、撤退せざるを得ない状況に追い込むのである。
かくして瑞牆は、動ける全艦を率いて攻撃に向かった。タリンの援護の為にプリンツ・オイゲンとザイドリッツが離脱したが、それ以外は概ね万全である。一部の艦は主砲を損傷しているが、それほどの影響はあるまい。
「敵まで残り100kmを切ったね。そろそろだよ、みんな」
『何も起こらねばよいものですが』
「こんな距離で何かが起こる訳ないじゃないか」
と言った傍からであった。瑞牆の水中聴音機が魚雷の推進音を捉えたのである。
「……は? 何でこんなところに魚雷が? 潜水艦でも見逃した?」
『隠れ潜む潜水艦を捜索することは困難。十分にあり得ることでしょう』
「ま、まあ、そうだね。とにかく回避しようか。15kmも離れてたら余裕で回避できるよ」
魚雷は船と比べれば遥かに高速とはいえ、所詮は時速100km程度に過ぎない。15kmを進むのに10分は要するだろう。その間に回避することなどあまりにも容易――の筈であった。
しかし、今度ばかりは勝手が違った。その魚雷は明らかに、軌跡から外れようとする瑞牆と天城を追尾してきたのである。
『我らを追跡してくる魚雷とは、珍しいものです』
「そんなもの聞いたことないんだけど!? ……いや、なくはなかったか。回天母艦がここに来ているということかな」
超長射程にして誘導機能を持つ大型魚雷回天は、球磨型軽巡を改造した回天母艦から発射される。その独特な艦影は目立つものだが、艦そのものは軽巡洋艦の大きさでしかないので、瑞鶴達の偵察では発見できなかったようだ。
『回天は魚雷としては鈍足とは言え、我らよりは遥かに速いものです。如何しましょうか』
「頑張って避けるしかないでしょ」
『全てを避け切るのは不可能と存じますが』
「できるだけ沢山避けるんだよ!」
瑞牆は珍しく焦っていた。回天の方が速いので回避は困難である。急な方向転換が不可能という弱点はあるのだが、それは船も同じである。
瑞牆と天城は定石通りジグザグに動き回ったり速度を増減させたりして相手を惑わすことに徹したが、それも叶わなかった。
「痛ッ! やってくれたなッ……!」
瑞牆の左舷に回天が2発命中した。2発だけとはいえ、回天の威力は通常の酸素魚雷数本分に及び、それが一箇所に集中するので、通常の魚雷とは比べ物にならない損害となる。
『お加減はいかがですか?』
「お加減って。左舷に大穴を開けられたよ。まったく、巡洋艦相手に酷いものだね」
『それほど心配する必要はないようで、何よりです』
「それなりの損傷だよ。かなり速度が落ちることになりそうだ」
瑞牆は問題なく傾斜を回復することができたが、浸水が激しく速度は低下せざるを得ない。もしも万全の状態の姉妹艦と出くわしたら、戦闘の主導権を相手に握られてしまうだろう。
「君の方はどうなんだい?」
『私は右舷に一発だけ喰らいました。一発だけとは言え、かなりの浸水が発生しております』
「そうだろうね。こんなんが相手にいると、迂闊に近寄れないね」
『左様ですね。空からの援護が得られればよいのですが』
「今から支援を頼んでもいいけど……。帝国海軍の方も出てくるだろうし、上手くいく気がしないね」
『では、輸送船団への攻撃は諦めると?』
「そうだね。ボク達のような貴重な戦力を、こんなところで消耗する訳にはいかないよ」
『私と貴女が貴重な戦力と?』
「戦艦より貴重なんだから、しっかり温存すべきだよ」
巡洋戦艦に相当する使い勝手のいい艦は、各国とも用意が少ない。月虹には瑞牆・天城・グナイゼナウの三隻しか存在しないのである。
とにもかくにも、回天母艦を恐れて瑞牆は輸送艦隊襲撃作戦を中止した。月虹も日ソ連合艦隊も第一陣の物資を運び込むことに成功したのである。




