再びの航空戦
一九五九年四月二十六日、大西洋中部。
瑞鶴率いる空母機動部隊は、カリブ海を出て大西洋上に出た。日ソ連合艦隊が駐屯しているグレナダ鎮守府に輸送部隊が入ろうとしたところを襲撃するつもりである。
一方の日ソ連合艦隊もまた、輸送部隊を迎え入れるようにカリブ海から出ていた。双方の空母は部分的に互いを艦載機の航続圏内に収めており、まさに一触即発と言ったところ。
しかし、まだ戦いの火蓋は切られない。帝国海軍の草鹿大将は相変わらず安全策を採用して、月虹が仕掛けてきたら艦上戦闘機だけを出して迎撃するつもりでいた。
しかし、燃料を節約するべく、日ソ艦隊の空母機動部隊は護衛が少ない。和泉型のような大型艦はグレナダ鎮守府に据え置かれているのだ。であるからして、今は月虹にとって空母撃破の好機である。
瑞鶴がこの好機を逃すことはなかった。
「――作戦目標は最低でも一隻の正規空母を無力化すること。最悪の場合は輸送艦隊を攻撃できなくても、空母の撃破を優先するわ」
月虹としては空母をとにかく減らしたいのである。人間同士の戦争であれば、近くに飛行場がある限り空母の数は大して重要ではないだろう。島々が点在するカリブ海は特にその条件に当てはまる。しかし船魄同士の戦いでは、一人の船魄当たり操れる艦載機に限界があるから(一部例外を除き)、空母は多ければ多い方がよいのだ。
月虹は航空戦力の総力を投入し、日ソ連合艦隊の空母機動部隊に襲撃を掛けた。およそ650機の大編隊である。それに対して日ソ艦隊側は、およそ250機の戦闘機で迎え撃つ。
「敵の艦載機を消耗させるのも作戦のうちよ。空母を撃破できなくても、艦載機を減らせば意味はあるわ」
艦載機は消耗品である。しかも輸送するには多大な容積を必要とし、補給への負荷は大きい。これを減らすことができれば日ソ連合艦隊の活動を大幅に抑制することが可能だろう。
「敵が見えてきたわよ。掛かれ!」
日ソ艦隊からおよそ250km北東の洋上で、両軍は交戦を開始した。そして前回と同じく、瑞鶴達精鋭部隊は要撃をすり抜けて空母を直接攻撃しに向かう。
が、二度までも空母を潰される訳にはいかないと判断したのか、帝国海軍の艦上戦闘機が追いかけてきた。
「そう来るか……。艦隊上空で乱戦ってのも、大変だと思うけどねえ」
乱戦になれば高角砲は下手に使えない。船魄と言えど他人の艦載機の動きを完全に把握しきるのは不可能なので、実質的に高角砲は封じられることになる。至近距離まで寄られた時には機銃で応戦できるが。
『お前が現役であった頃と比べ、機銃は大幅に増えた。機銃だけと侮るべからず』
信濃は淡々と言う。瑞鶴は第二次世界大戦中の急な改造しか受けていないが、帝国海軍のほとんどの艦艇は人間の存在を前提としない武装配置へと大改装を受けている。そうは言っても高角砲は簡単に動かせるものではないが、機銃は比較的自由に設置でき、人間が足を踏み入れられない場所にも配置することが可能だ。
「まあ、そうね。最悪の場合は砲弾を消耗させればよしとしましょう」
『おい瑞鶴、どんどん目標が下がってきてはいないか?』
自信なさげな瑞鶴にツェッペリンが突っ込みを入れた。
「仕方ないでしょ。失敗は許されないんだから、安全志向で行きたいのよ」
『それはそうだが、あまり弱気でいては兵の士気に関わるであろう』
「またその話ね……。じゃあ、目標は空母一隻の撃破にしましょう。全艦、攻撃開始!」
日ソ空母機動部隊の上空で、大乱戦が始まった。両軍の艦載機が空を埋めつくし、殺しあっている。主に日ソの戦闘機が月虹の攻撃機や爆撃機を積極的に攻撃しているが、月虹の戦闘機は相手の戦闘機を狙っている。
まるで自分の尻尾を咥えた蛇のように、追う追われるがあちらこちらで繰り返されていた。こんなところに砲弾をぶち込んでは誰に当たるかわかったものではない。眼下の長門や伊勢やソビエツキー・ソユーズは高角砲を仰角最大にしながらも、沈黙を保っていた。
「まあ、高角砲は勝手に封じられてくれてるけど……こっちも自由に動けないのよね……」
『ここは一気呵成に攻撃し、こやつらに一泡吹かせてやろうではないか!』
「じゃあ、やってみなさいよ」
『我だけにさせるつもりか? まあよかろう。我の実力を見ているがよい!』
「はいはい」
ツェッペリンは標的を蒼龍に定めると、13機の艦上爆撃機を一直線に並べ、ドイツお得意の急降下爆撃を仕掛ける。
しかし、次の瞬間には周囲の戦闘機が攻撃を集中してきて、あっという間に7機が落とされる。 蒼龍の直上に入ると、蒼龍自身や周囲のソビエツキー・ソユーズ級から機関砲弾が雨嵐のごとく打ち上がって来て、たちまち全滅させられた。
『わ、我の艦載機が一瞬で……』
「ほーら、言わんこっちゃない」
『貴様が手伝わんからだろうが!』
『ツェッペリンは大言壮語を吐くだけ吐いて大した実力もない。こんな奴のことは気にするな』
『妹の分際で、何だその言い草は!』
しかし恐らく、瑞鶴がやってもシュトラッサーがやっても同じ結末になるだけであろう。




