南大西洋海戦
一九五九年四月二十三日、南大西洋中部。
今度は帝国海軍の補給を月虹が妨害する番である。瑞鶴は帝国海軍の輸送艦隊を叩くべく、大西洋に大和を旗艦とする通商破壊部隊を差し向けた。ドイツの人工衛星のお陰で日ソ輸送艦隊の位置は筒抜けである。
リオデジャネイロに送り込まれていた大和や土佐や天城は、ドイツからの情報を基に敵輸送船団への攻撃を試みる。
『敵を見つけましたよ〜、大和さん〜』
土佐は相変わらず緊張感のない声で、偵察機が敵船団の位置を把握したと報告する。大和はすぐにその座標を受け取った。
「て、敵の構成は、どのようになっていますか?」
『それが〜、妙なんですよね〜。輸送船らしい船が全然見えません〜』
「輸送船がいない……? 輸送船団ではなく増援部隊ということでしょうか……。しかし……」
ただでさえ補給が逼迫しているのに、更に補給を圧迫するようなことがあるだろうか。大和は疑念を抱かざるを得なかった。
「土佐さん、敵には誰がいますか?」
『ええと〜、金剛型の皆さんが四人揃ってますね〜』
「金剛型、ですか……」
金剛・比叡・榛名・霧島の四隻がいるらしい。主砲塔4基の艦影は独特であり、長門がカリブ海にいる以上、見間違えることはないだろう。
「他には?」
『他には〜、あの巨大な空母は、鳳翔さんですね〜。それと、ソ連の空母も二隻います〜』
「大型の空母が三隻、ですか……」
と、その時、珍しい者が意見を出してきた。天城である。
『空母に物資を積んで運んでいるのではありませぬか?』
「なるほど……? 確かに、ソ連はこの前、その手を使ったらしいですが……」
空母の格納庫は広大である。空母本来の役目を放棄して物資の輸送に転用すれば相当な物資を運ぶことができるし、何より高速である。
『嗚呼、誰もが武器など持たぬ世であればどれほど素晴らしいか……』
「は、はぁ……」
『天城はいっつもこんな感じなので、気にしなくていいですよ〜』
「は、はい……。土佐さん、これだけですか? 他に戦艦などはいないのですか?」
『他に目立った艦はいませんね〜』
「それは……困りましたね……」
『困るんですか〜?』
第一次世界大戦前に竣工した金剛型など、今や解体されていないのがおかしいくらいの旧式艦である。当然ながら大和の敵ではないし、土佐でもほとんど一方的に殲滅することができるだろう。
「はい。敵には高速の艦艇しかいないようです。これでは、大和や土佐さんが追いつけませんかと……」
『ああ〜、なるほど〜』
大和と土佐は設計上戦艦であり、金剛型や天城は巡洋戦艦である。公的な区分としての巡洋戦艦は消滅しているが、実質的な性能差は顕著に残されている。大和は金剛に絶対に追いつけないのだ。
『困りましたね〜。戦いにすらならないじゃないですか〜』
「追いかけてはみますが……多分、そうなるかと……。天城さんに追いかけてもらうことも考えられますが……」
『命令とあらば、致し方ありません。戦いましょう……』
「今のところは、そのつもりはないです。流石に戦力が少な過ぎるかと思いますから」
『左様でしたか……』
「とにかく、追跡するだけ追跡はしておきましょう。瑞鶴さんには大和から報告します」
大和は一先ず敵艦隊に向かって進みながら、瑞鶴に状況を報告する。
『――なるほど。それは確かに、困ったことになったわね』
「大和達の中で、追いつける戦艦は天城さんしかいません……」
『じゃあ、こっちから打って出ることにするわ』
「と、言いますと……?」
『空母で空から殴り込むわ。相手の空母は輸送船として使われる可能性が高いんでしょう?』
「は、はい」
『なら、空から叩けばイチコロよ』
和泉や薩摩のような異常に堅い防御を誇る艦艇でもない限り、制空権を握った側が圧倒的に有利である。敵に艦載機が存在しないのなら千載一遇の好機だ。瑞鶴は月虹の空母をフロリダ海峡から出し、日ソ連合艦隊の輸送艦隊を襲撃するつもりである。
しかし、事はそう上手く運ばなかった。
『――ごめん、大和。敵に私達の動きが捕捉されたわ。ちょっと調子に乗り過ぎたわね』
帝国海軍の偵察機に月虹の空母機動部隊が発見されてしまったのである。人工衛星のせいで情報戦はこちらが圧倒的に有利だと思い込んでしまっていた。
「……そう、ですか。そうなると、再び一大決戦ということになりそうですね……」
『そうなりそうね。この際は、天城にも援護して欲しいかも』
天城が金剛達の気を引ければ、対空砲火の圧力は大幅に弱まるだろう。
「わかりました。大和は見ていることしかできなさそうですが……」
『別に大丈夫よ。あなたは十分活躍してるんだから』
リオデジャネイロを落としたのは大戦果である。そのお陰でこのように輸送船団を撃滅する機会を得ているのだから。
「は、はい……」
『本当に褒めてるんだからね? お世辞とかじゃないからね?』
「え、ええ。ありがとうございます、瑞鶴さん」
二度目の大海戦の時が迫っているようだ。




