吹雪との決戦Ⅱ
妙高とオイゲンは吹雪を体当たりで食い止めるべく動き回っているが、そんな時であった。帝国海軍側の主力――武尊と霊仙が動き出したのだ。明らかに瑞牆とグナイゼナウを攻撃するべく最大戦速で動いている。
『あらあら。こっちの隊列を乱している間に巡洋戦艦同士で勝負をつけようってことかしら。やっぱり罠だったのかしらね?』
「そ、それは……」
吹雪が暴れ回っているお陰で、こちらの重巡部隊は陣形が非常に乱れてしまっている。その間に数の上で互角な巡洋戦艦同士で決着をつけようというのが、帝国海軍の戦術らしい。
吹雪の行動は最初から打算的なものだったと見るべきかもしれないが、妙高はそうは思えなかった。計画的であったのなら駆逐隊ごと掛かってきた方が効率的だし、吹雪の行動は時間稼ぎをするというより妙高達を殺しに来ているように思えた。
『まあ、どの道私達は見ているしかないんだし、あっちにはあっちでやり合ってもらうしかないわね』
「そ、そうですね……。まずは吹雪さんを押さえることに集中しましょう」
四隻の巡洋戦艦が砲撃戦を行っている。武尊型に混ざるグナイゼナウの主砲は強力であり、武尊型の装甲であれば簡単に貫通することができるが、数が少ない。それにグナイゼナウの装甲はその主砲に見合うものではない。31cm砲でも撃ち抜かれる可能性は十分にある。
両者が激しく砲撃戦を演じ、あちこちから煙を噴き出しているが、それを気にしている余裕は今はない。
「い、行きます、オイゲンさん!」
『ええ、わかったわ』
吹雪の主砲弾は無視し、妙高とオイゲンは吹雪を左右から挟み込むよう最大戦速で突撃する。妙高に数発の砲弾が当たるが、いずれも致命的なものではないし、戦闘に支障はない。
たちまち、吹雪は二隻の重巡に挟まれた。左右から押し潰されるように艦と艦がぶつかり、火花が散る。オイゲンの装甲は今日初めて、表面が凹んだ。
ともあれ、重巡洋艦二隻の質量は駆逐艦一隻の質量とは比べ物にならない。およそ20倍である。吹雪の機関ではどうにもならず、停止するしかできなかった。
『あら? まだ戦う気みたいよ?』
こんな状況になっても吹雪の主砲は旋回していた。
「と、止めます! 致命傷にならないよう、撃ちます!」
『そう。なら、私は前の主砲をやるわ』
「お願いします!」
至近距離も至近距離。この距離であれば、砲塔の特定の部位を狙うこともできるだろう。妙高とオイゲンは、吹雪の主砲砲身を撃ち抜いた。砲身はひん曲がり、或いは折れ曲がり、使い物にならない。吹雪への致命傷を避けつつ武装を無力化することができたのだ。
『これで吹雪の武装は全て無力化したわ。あっさりだったわね』
「まだ魚雷発射管が残っています。そちらも破壊しておかないと」
『そこまでやるの? 流石に魚雷発射管を攻撃したら吹雪ごと吹き飛ぶと思うけど?』
「魚雷発射管の耐久性なんて、ほとんどないようなものです。機関砲だけで破壊できます」
『そう……。思い付かなかったわ』
オイゲンはいつもの芝居がかった様子が消えて、素直に驚いているようだった。機関砲で対艦戦闘などすれば、普通は射程が短すぎて無意味に砲弾を捨てるだけだが、ここまで接近すれば現実味はある。
妙高は25mm機銃で吹雪の魚雷発射管を撃った。魚雷発射管は一応覆いが取り付けられているが、それは波が魚雷に掛かるのを防止するのが主目的であって、防御力などないに等しい。たちまち蜂の巣になって、魚雷発射管も使い物にならなくなった。
「もっとも……魚雷発射管なんて交換すればいいだけですから、それほど意味はないかもしれませんが」
『主砲を修理せずにまた現れるって言いたいの?』
「その可能性は、否定できません」
ともあれ、少なくともこの場に関しては、吹雪はほぼ完全に無力となった。残る武装といえば潜水艦を沈める為の爆雷くらいだろう。まあこの至近距離であれば対艦攻撃に使えるかもしれないが。
「離れましょう、オイゲンさん。目的は達成しました」
『そうね。私の身体に傷をつけた件については、後でしっかり賠償してもらいたいところだけど』
「真面目にやってくださいよお……」
『ふふ。まあ、今のところは気にしないでおいてあげるわ』
吹雪を無力化する作戦は成功裏に終わった。吹雪は流石に何の武器も持たない状態ではどうしようもないと判断したのか、静かに撤退していった。
それからすぐ、再び白雪から通信が入った。
『――あ、ありがとうございます、妙高さん……。吹雪は、流石に諦めてくれたようですから……』
『あなたが説得とかできないのかしら?』
オイゲンは白雪に厳しく問う。
『そ、それは……。それができたら、いいのですが……。姉は、話を聞いてくれなくて……』
『すぐ下の妹なのに?』
『は、はい……。不甲斐ないです……』
『そう。まあいいわ』
『と、とにかく、ありがとうございました!』
白雪はまるで敵同士とは思えないへり下った態度だった。とにもかくにも、吹雪の一件はこれにて落着した。




