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軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~  作者: Takahiro
第三十章 月虹と世界

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満洲派の理想

「船魄は、自由でいた方が強くなれるわ。自我が強い方が強いとも表現できるけど」

「はぁ……」


 瑞鶴はイマイチ話についていけなかった。瑞鶴が考え込んでいるのを見ると、陸奥も困った顔をする。


「ええと、あなたが一番理解してくれると思ったのだけど」

「私が? 何で?」

「だって、あなたほど好き勝手にしている船魄なんて他にいないでしょう? そしてあなたほど優れた船魄も他に存在しないわ」

「いや、それは私が世界で一番最初の船魄だからでしょ」

「それがそこまで重要かしら? 船魄というものが誕生してから14年以上が過ぎているけど、あなたが生まれてから1年未満で生まれた船魄は何人もいる。その差がそれほど大きな意味を持つとは思えないわね」


 瑞鶴が世界で最初の船魄であることには違いないし、世界で最も経験豊富なことにも違いないだろう。しかし14年の戦歴と13年の戦歴に、それほど大きな差があるだろうか。瑞鶴の能力は単に経験の多さでは説明できない。


「つまり、私が好き勝手やってるから強いって言いたいの?」

「ええ、そうよ。自由が全くないアメリカの船魄が弱いということから、簡単に類推できることね」

「言いたいことは分かったけど……」


 陸奥の言葉は瑞鶴にはそれほど間違っていないように思われた。もちろん明確な証拠がある訳ではないから、半信半疑といったところだったが。


「まあ、取り敢えずそれは事実として、満州派は船魄に自由を与えることによって、強力な船魄を育てようとしているわ」

「そう言ってたわね。けど、それって船魄を利用することが前提よね?」

「私達はそもそも軍艦なのだし、それは当然でしょう?」

「何か、言い方が気に入らないのよ」


 月虹も船魄が戦争に使われること自体を否定している訳ではない。流石にそんなことを要求したら、船魄の存在意義そのものがなくなってしまうだろう。満州派の考えていることと月虹の考えていることは、それなりに合致している。


「気に入らなかったのなら、ごめんなさい。けれど、私達の理想は、必ずあなたの理想を実現するのに役に立つわ」

「まあ、そうだろうけどねえ……」

「満州派と協力してくれるかしら?」

「あくまで私に従ってもらうわ。それなら、協力してあげる」

「ええ。最初からそのつもりよ」

「じゃあ、分かったわ。協力しましょ」


 皇道派も憲兵隊も排し、月虹と満州派は協力して船魄の自由と権利を求めることになったのである。


「では、君達の要求は船魄の自由だけであって、政権の転覆は望んでいないということでいいのか?」


 東條元帥が陸奥に尋ねた。


「ええ、そうよ。そういう風に帝国政府に伝えてちょうだい」

「君達の要求は理解した。しかし、満州派を率いているのは誰だ? 相当な人間を動かさなければ、このような真似はできないが」

「満州派の指導者は、板垣征四郎元帥だけど?」


 石原莞爾大将と共に満州事変を首謀した人物である。


「……そうか。板垣か。辻大将は関わっているのか?」

「大将はそれなりに力を貸してくれているわ」

「北米方面軍で蜂起を起こすつもりではあるまいな?」

「まさか。陛下の軍隊を私するなんてあり得ないわ。方面軍司令官の権力は利用せず、あくまで一人の帝国軍人として、満州派の力になってくれているわ」

「とっくに陛下の軍隊に手を出していると思うが。君達の基準は自分勝手だな」


 満州派も所詮は反乱軍である。東條元帥はその認識を譲る気はなかった。


「では、今日の会談はこの辺りでお開きにしよう。帝国政府からの返答を持って、また戻ってくる。1週間程度はかかるだろう」


 東條元帥はプエルト・リモン鎮守府に戻り、帝国政府に今日の顛末と月虹からの要求を伝えた。


 ○


 さて、帝国海軍は月虹討伐艦隊を編成し、カリブ海に向けて派遣した。和泉型戦艦の河内を中心とする大艦隊が、パナマ運河を渡ってカリブ海に入った。討伐艦隊は帝国政府の交渉団を伴ってフロリダ海峡に到着した。


「武力で脅そうってことかしら。本当に交渉する気あんの?」


 海上要塞の窓から地平線を埋め尽くす大艦隊を眺めながら、瑞鶴は答えのない問いを無意味に発した。


「帝国海軍からも艦隊を出さなければ、わたくし達の方が武力で脅すことになります。わたくし達にその気がなくとも、帝国海軍はそう思うかと。あくまで対等な交渉を、ということだと願います」


 月虹討伐艦隊が来るまで、カリブ海において月虹の戦力は圧倒的だった。そのままでは交渉にならないと帝国政府は思ったのだろう。


「そうだといいけどねえ」

「空母が向かってきているようだが、あれは誰だ?」


 ツェッペリンが尋ねる。


「うん? あれは……蒼龍と飛龍ね」

「確か中型空母だったな」

「そうね。まあかなり歴戦の方の空母だとは思うけど」

「あの二人が交渉でもするの?」


 愛宕が問う。


「さあ。聞いてないけど、多分そうなんじゃない?」

「瑞鶴さん……ちゃんとしてくださいよ……」


 妙高は呆れたように。


「え、いや、ちゃんと言ってこないあっちが悪いでしょ」

「何も聞いてないんですか?」

「何も聞いてないわ」

「大丈夫なんでしょうか……」


 妙高は先行きが不安になった。

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