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軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~  作者: Takahiro
第三十章 月虹と世界

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急転する情勢

「あ、瑞鶴さん。ということは、そちらが……」

「ええ、信濃よ。私は消えるから、仲良くやってね」


 瑞鶴は信濃を大和の許に放り出し、あっという間に立ち去ってしまった。信濃はぼーっとした様子で大和を見つめていた。


「あ、あの……あなたが、信濃、なんですよね?」


 大和が尋ねてから信濃が反応するまで、数秒を要した。信濃は酷くたどたどしく言葉を紡ぐ。


「……あ、ああ、いかにも、我は信濃、です。その……大和の姉様で、合っていますか?」

「は、はい。大和は、大和型戦艦一番艦、大和ですよ。信濃の、お姉ちゃんですね」


 大和は微笑む。信濃は気が動転しているようなので、大和は逆に落ち着いて余裕が出てきた。


「本当に、姉様、なのですね……」

「はい、本当です。よろしくお願いしますね、信濃」

「え、ええ。よろしく、申し上げます……」

「そんなに緊張しなくてもいいんですよ。姉妹なのですから」

「姉妹……そう、ですね。しかし、何の話をすればいいのか……」


 姉妹と言っても、共に戦った時間はそう長くない。大東亜戦争で信濃は大和を護衛していたが、大和は信濃が竣工してすぐに沈んでしまった。戦後では、船魄としても軍艦としても、相見えるのは今日が初めてなのである。


「でしたら……信濃のことを聞かせてください。信濃にこれまで何があったのかを」

「承知しました」


 信濃は大和が沈んだ後の大東亜戦争のおぼろげな記憶や、船魄として生まれてから過ごしてきた日々について、大和に語った。一先ず、大和と信濃は上手くやっていけそうである。


「――そう言えば、武蔵はどうしているんでしょうか?」

「武蔵の姉様は、大湊鎮守府に所属しています。先のアメリカ戦争において大破し、今でも修理は完了していません」

「そう、ですか……」


 武蔵は廃艦になってもおかしくない――修理するより大和型をもう一隻建造する方が安上がりと判断される――ほどの損害を受けた。あれからかれこれ20ヶ月は経ったが、今でも修理は終わっていない。


「廃艦にならなくて、よかった……」

「帝国海軍としても、武蔵を沈めるような真似は、望んでいないのでしょう」

「もっと、他の皆さんにも会ってみたいですけど……。こんなことになってしまっては、それも難しいですね」

「左様かと」


 大和としてはもちろん、日本の艦を撃つようなことにはなって欲しくない。しかし、このままではそうなってしまうだろうという予感もしていた。


 ○


 一九五九年一月二十日、大日本帝国東京都麹町区、皇宮明治宮殿。


「どうやらカリブ海が大変なことになっているようだね。これはどういう状況なのかな、軍令部総長?」


 池田首相が神大将を問い詰める。


「皇道派による計画的な反乱です。今のところはただ脱走しただけのようですが近いうちに何らかの要求を突きつけてくるものかと思われます。海軍としては、実に不甲斐なく存じます」

「流石にここまでされると、平和的な交渉という訳にはいかないね」

「海軍としては一刻も早くこの反乱を鎮圧するべきかと考えます」

「私も同意見だ。これはもう、自由を求める決起という段階を越えた。皇道派によるクーデターだ」


 これまでの月虹の反乱は、帝国海軍が船魄達を騙して戦わせていたことへの反動であって、同情の余地は大いにあった。だが今回の動きは政府の転覆を狙う皇道派の策略に他ならない。


「しかし、月虹の戦力はまたしても強化された訳だが、海軍は鎮圧できるのか?」

「実に不甲斐ないことながら、カリブ海に配属されている戦力を全て合わせても月虹に勝ち目はありません。大和が敵にいる以上こちらは和泉型戦艦を出さざるを得ませんので」


 今、カリブ海において最強の軍事力は月虹なのである。武力で鎮圧するには内地から主力艦隊を差し向けなければならない。


「分かった。ソ連とドイツに隙を見せない程度に戦力を残しつつ、月虹に勝てる兵力を用意できるか?」

「はい、可能です。和泉と摂津をそれぞれドイツとソ連への押さえに残しておけばよろしいでしょう。そうすれば動かせる戦力はかなりあります。第三艦隊――和泉型戦艦三番艦河内を中心にして月虹討伐に向けた艦隊を直ちに編成します」

「頼んだぞ」


 ドイツが月虹に肩入れでもしない限り、和泉型戦艦に対抗し得る戦艦はこの世に存在しない。十分な航空支援があれば河内は無敵と言ってもいい。


 と、その時であった。いつも強面の阿南惟幾内大臣が、意外な意見を出した。


「瑞鶴や妙高達は皇道派に巻き込まれていると考えられるのではないか? であれば、我々としては彼女達を助け出すべきであろう」

「確かに、実際のところはそうでしょうが……」


 池田首相は返答に詰まった。内大臣が積極的に意見を出してくるのは、背後に強い宸意があるからに他ならない、


「しかし、助け出すと言われましてもね……」

「皇道派が武力行使に訴えぬうちは、交渉くらいしてもよかろう。無論、いざとなれば武力によって鎮圧する用意を整えるべきだが」

「阿南さんが仰るなら、交渉による解決と武力による解決、どちらの準備も進めることにしましょう。外務省と軍令部は、よろしく頼むよ」


 いずれにせよ皇道派の要求を受け入れる気などないというのが、この場の人々の共通認識である。

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