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軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~  作者: Takahiro
第三十章 月虹と世界

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集団脱走

 さて、瑞牆は信濃と接触を図った。大和型三番艦になる筈だった彼女には、帝国海軍を抜け出して月虹と合流したい理由が十分にある。


「やあ、信濃。君にちょっと話したいことがあってね」

「手短に話せ」


 信濃は瑞牆を自室の奥には入れようとせず、扉のすぐ内側で話そうとする。


「うん、そうするよ。単刀直入に言って、一緒に帝国海軍から脱走するつもりはないかな?」


 そんなことをいきなり言われると、信濃も眉をひそめた。


「……何を言っているのだ、お前は? 憲兵に通報してもよいのだぞ」

「まあまあ。君には、ここから抜け出してやりたいことがある筈だよ」

「それは……」

「そう、君は大和と会いたい。未だかつて会ったことがない姉とね」

「確かに、その通りだ。我は大和の姉様に会いたい。しかし、左様な私情によって帝国海軍から離反するなど、論ずるに値せぬ」

「そうかい? じゃあ、大和の船魄が目覚めたと言われたら、どうする?」

「……何だと?」


 信濃は大和がすぐそこにいることは知っていたが、船魄が目覚めたとは知らなかった。大和は瑞鶴に過保護なまでに保護されており、船魄が活躍する機会がほとんどなかったから、仕方ないことではあるが。


「やっぱり知らなかったか。まあ、こんなことを知ったら君が脱走したがるだろうから、教えないのも当然だね」

「我は……大和の姉様に会いたく思う。しかし……」

「脱走するなら、ボクが力を貸してあげられるよ?」

「何だと?」

「ボクは皇道派だ。このプエルト・リモン鎮守府にも、皇道派を支持する軍人は大勢いる。ちょっと手引きしてもらえば、簡単に脱走できるよ」

「その言葉に嘘はないようだが」


 瑞牆がこんな嘘をつく理由がない。あるとすれば信濃を貶めようとしているのだろうが、そんなことをする理由は見当たらない。


「さあ、どうする、信濃? ボクを通報するか、一緒に大和に会いに行くか」

「我は……」


 信濃はその提案に非常に惹かれていた。生み出されてからずっと会いたかった大和と会えるとなれば、どんな犠牲でも支払う覚悟でいた。


「やっぱり、裏切りってのは難しいかな」

「当然。我は長門を裏切る訳にはいかぬ」

「大丈夫だよ。ボク達は血を流すつもりはない。船魄の待遇改善を訴えるだけだ。成功すれば、長門の為にだってなるんだよ?」

「本当に成功する目算があるのか?」

「ああ、もちろん。でも戦力は多ければ多い方がいいよね」

「…………」

「結論が出たら教えてくれ」


 その日はこれ以上の会話を交わさず、瑞牆はその場を去った。信濃は帝国海軍を裏切ってでも大和に会いに行きたい気持ちと、長門を裏切る訳にはいかないという気持ちの間で、酷く悩まされた。


 そして、それから2日後の夜のことであった。


「な、長門さん長門さん! 大変です!」


 大鳳が長門の寝室の扉を叩いた。長門が気怠そうに、部屋の中から応える。


「何があったんだ?」

「な、何と言うか、脱走です!」

「脱走? 誰がどう脱走したんだ?」

「え、ええと、し、信濃さんと、陸奥さんと、瑞牆さんと、雪風さん、ですけど……」


 大鳳は寝ずの番で付近の哨戒に当たっていたところ、そんな場面に出くわしてしまったのである。


「は? お前は何を言っているんだ?」

「ほ、本当、本当ですって! 長門さんも、外、外を見てください!」

「はぁ」


 半信半疑ながらカーテンを開け外を見ると、大鳳の言った通りの艦艇達が勝手に海に出ていた。長門は全く訳が分からなかった。


 長門は困惑した表情を浮かべながら、寝室から出てきた。


「……何だ、これは? 手の込んだ悪戯か?」

「し、知らないですよ、私は」

「そうか。ならば、これは夢か。夢の中で寝れば起きられるか」

「ちょ、落ち着いてください、長門さん! 夢じゃありませんって!」

「……だったら、何だと言うのだ?」

「し、知りませんって……」

「そう、だな。もしもお前が関わっているなら、わざわざ私を起こす理由がないからな」

「は、はい……」

「…………」

「…………」


 大鳳はもちろん長門も、何をすればいいのか全く分からなかった。


「取り敢えず……信濃と、話をしたい。信濃と電話を繋いでくれ」

「はい……!」


 長門は寝巻きから着替えることも忘れて、大鳳が執務室に用意した無線機を手に取った。


「……信濃? 応答しろ、信濃」


 信濃は全く応じなかった。


「ははっ、大鳳お前、無線の繋ぎ方も分からんのか?」

「いやー、あのー、ちゃんと繋がってると思うんですけど……。信濃さんが拒否してるのでは……」

「信濃の無線機が故障しているのか? ならば陸奥に繋いでくれ」

「え、はい……」


 陸奥に通信を呼び掛けてみると、陸奥は応答した。


「おい陸奥、何をやっている? 出撃の命令は出していないぞ」

『ごめんなさいね、長門。私達は第五艦隊から脱走することにしたの』

「な、何を言っているんだ? 脱走? 冗談もいい加減にしろ」

『冗談じゃないわ。私達は月虹に合流する』

「ば、馬鹿なことを言うんじゃない……」


 長門はすっかり動揺して、声が震えていた。


『まあ馬鹿なことかどうかは置いておいて、私達が脱走するのは事実だから。また今度会いましょう』

「……ど、どうしてだ? どうして脱走なんてするんだ?」

『皇道派に手を貸してあげることにしたのよ』

「皇道派……」

『あなたなら、こう聞けば説明の必要はないでしょう? じゃあそういう訳で、後はよろしくね』

「ま、待て……待ってくれ……」


 陸奥は無慈悲に会話を断ち切った。

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