トルーマンの死
一九五七年十一月二十三日、ソビエト社会主義共和国連邦、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国、モスクワ、クレムリン。
「同志フルシチョフ、アメリカからこのような報告が届きました」
「何の報告だ?」
KGB(国家保安委員会)からニキータ・フルシチョフ書記長に、USAが自国の都市を核攻撃したという報告が届いた。
「――こいつは本気か? 誤報じゃないだろうな?」
「誤報ではありません。確かな情報です。また、不確定ながら、核攻撃の後にサリンによる攻撃を行ったとの報告もあります」
「シアトルの人間を皆殺しにすることが目的ってことか?」
「恐らくは。裏切りに対する見せしめということかと思われます」
「トルーマンめ。ついに頭がおかしくなったか。いや、ずっと前からおかしかったか」
「はっ……」
「取り敢えず、報告ご苦労。引き続き情勢の監視に務めろ」
フルシチョフ書記長は次に、アンドレイ・グロムイコ外務大臣を執務室に呼び出した。つい数ヶ月前に起こった党の内紛(後に反党グループ事件と呼ばれることになる)でモロトフ外務大臣は罷免され、グレムイコ大臣はまだまだ新人である。
「――こんなことがあった訳だが、我々はどうするべきだと思う?」
「そうですね……USAの正統性は、最早全く失われました。ソビエト連邦がUSAを支援する大義名分はなくなったのです」
ソ連は名目上、アメリカ合衆国がアメリカ人民の意志を真に代表する政権ということで支援をしてきた。
「つまりトルーマンを切り捨てろってことか?」
「はい。こうなった以上は、早々にトルーマンを切った方がよろしいでしょう」
トルーマンへのアメリカ人の支持、国際的な支持は絶望的である。USAを内戦に勝たせたとしてもすぐに瓦解することは間違いない。
「分かった。トルーマンを切った上で、USAに攻め込むことはできると思うか?」
「攻め込んでもよろしいでしょうが、我々に利益がありません。メキシコにはアメリカに奪われた領土の奪還という大義名分があり、カリフォルニアなどを併合することができました。しかしカナダにそのような歴史はありません」
「じゃあ、俺達には何の利益もないじゃないか」
「残念ながら、今回は諦める他にないかと。トルーマンが想定以上の異常者だったのです。しかし、アメリカの国力が大幅に削がれたのは、我々にとっては幸運でしょう」
「ま、それはそうだな」
アメリカ連邦はドイツの同盟国であり続けるだろうが、アメリカの軍事力は既に壊滅し、戦前とは比べ物にならない。カナダを守らなければならないソ連の負担は大幅に減るだろう。
「じゃあ、トルーマンに言っておけ。あらゆる支援を打ち切るとな」
「はっ」
ソビエト連邦はアメリカ合衆国を見捨てた。
○
「……クソッ!! フルシチョフめ! 裏切りやがったな!!」
ソ連に見捨てられたトルーマンは、ただ喚くことしかできなかった。USAに味方してくれる国は今や一つもなく、ただ滅亡を待つのみである。
「こうなったら全員道連れだ!! ありったけの原子爆弾とサリンをあらゆる都市に投下しろ!! 全国土の民主化である!!」
「一億人を皆殺しにするおつもりですか?」
ダレス長官は呆れたように尋ねる。
「ああ、そうだ。今すぐに皆殺しだ」
「そうですか。しかし、流石にそれは看過できないというものですよ」
ダレス長官は突如、トルーマンに拳銃を向けた。
「き、貴様! 裏切るつもりか!? こいつを殺せ!! 民主主義の敵だぞ!!」
トルーマンは叫ぶが、誰も味方はしない。
「おい、お前達!! 全員で私を裏切るつもりか!?」
「あなたが自国民を虐殺した時点で、あなたの指導力は失われたのですよ。加えて、CIAに権力を与え過ぎましたな」
「く、クソッ……。き、貴様らCIAは、国家に絶対の忠誠を誓ったんだろうが!」
「ええ、そうです。我々CIAは国家に忠誠を誓っているのであって、民主党に忠誠を誓った訳ではありません。ドイツの親衛隊とは違うのですよ。ですので、大統領が国益に反するのであれば、排除させていただきます」
「わ、私を殺して、貴様らはどうするつもりだ?」
「アメリカ連邦に降伏するだけです」
「き、貴様ら……国を裏切って、恥ずかしくないのか!?」
「言い争いの必要はありません。さようなら、大統領閣下」
「ま、待て――」
ダレス長官はトルーマンの眉間を撃ち抜き即死させた。そして長官は、全世界に向けてトルーマンを殺害したと明らかにした。
『――トルーマンは異常者という言葉でした表現できない人物でした。そして、アメリカ合衆国は最早存在しません。アメリカ合衆国は滅亡しました。我々は速やかな秩序の回復を望み、アメリカ連邦政府に全力で協力する所存です。トルーマンによる民族浄化政策、人種差別政策は、完全に終わりを迎えたのです』
既にアメリカ合衆国を牛耳っていたCIAが合衆国を見捨てたことで、合衆国は自然に滅亡した。
だが、それを認めない者が一人。まさにワシントンのすぐ近くに停泊していた戦艦ハワイである。
「ふざけるな……。人種差別が終わりだと? アメリカが有色人種に譲歩するなどあり得ない!」
筋金入りの人種差別主義者であるハワイは、アメリカ合衆国を否定するあらゆる存在を否定する。




