通商破壊戦
一九五七年十月二十日、カナダ共和国ノバスコシア州沖合。
CA海軍の戦略的な敗北――米ソ連合艦隊のチェサピーク湾入りから、半月ほどが経過した。ソビエト連邦は大方の予想通り、カナダ東海岸から大量の輸送船を出し、USAに支援物資を届けている。CAはこれに少しでも対抗するべく通商破壊戦を展開していた。
月虹の重巡洋艦妙高・高雄・愛宕と、CA海軍の重巡洋艦デモインとニューポート・ニューズは五隻でカナダ沖合の警戒に当たっている。
『妙高、敵の輸送船団を発見いたしました』
高雄から妙高に報告が入った。
「ありがとう! 敵の護衛は?」
『幸いにして、駆逐艦しかいないようです』
「じゃあ、攻撃しよう。すぐに向かうから待ってて!」
『承知しました』
今回も月虹所属の重巡の旗艦は妙高が務めていた。高雄の報告から大した戦力は必要ないと判断し、妙高と愛宕だけで現場に向かう。敵は報告通り、駆逐艦4隻の護衛しかない小規模な船団であった。
妙高は船団に対して無線で呼び掛ける。
「ええと……た、直ちに降伏してください。さもなくば、完全な殲滅あるのみです!」
妙高の可愛らしい声では全く迫力がないのだが、しかし言っていることは冗談でも誇張でもない。相手が人間、しかもアメリカ人であるのなら、妙高は皆殺しをすることも厭わない。
『……承知した。降伏する。但し、降伏するのは輸送船だけだ』
「よかったです……。では、乗員の方々はこちらの輸送船に移ってもらいます」
『ねえ、駆逐艦は逃がしてもいいの、妙高?』
愛宕が尋ねてくる。護衛の駆逐艦については全く放置して好きに逃げさせるつもりである。
「はい。どうせ追い付けないですし、わざわざ殺す必要はないかと」
『そう? 輸送船の連中を殺すって脅せば、逃げられないんじゃないの?』
「流石にそれはちょっと……」
『そうですよ、愛宕。国際法違反です』
高雄は愛宕にハッキリと主張した。
『あらそう。まあ駆逐艦くらいどうってことないわね』
「妙高もそう思いまして……」
『お姉ちゃんに危険が及ばないなら何でもいいわ』
かくして妙高達はソ連からUSAへの輸送船団を一つ潰すことに成功した訳だが、駆逐艦しか護衛のついていない船団など大したものではない。小銃弾や食糧などを運んでいるだけの船団であった。戦略的な影響はないと言わざるを得ない。
だが、その時であった。間髪をいれず次の報告が妙高に飛んでくる。デモインからの報告であった。
『新手の敵船団を発見した。だけど、護衛にはハワイ級戦艦を確認している』
「分かりました。妙高達の出番は、なさそうですね……」
『うん。そうだと思う』
ソ連が本腰を入れている輸送船団――戦車や航空機などを運んでいる船団は、やはり強力に護衛されている。重巡洋艦では手の出しようがない。
「妙高達って、あんまり意味ないのかな……」
妙高はボヤく。
『残念ながら、そうかもしれません……』
「だよね……。取り敢えず瑞鶴さんに報告するね」
『はい。よろしくお願いします』
重巡洋艦達は敵の護送船団の監視を続けつつ、航空支援を要請した。ハワイ級戦艦を攻撃するには、同等の戦艦を投入するか、空母を投入するかしかない。
○
幸いにして、こちらには世界最強の船魄達が揃っている。瑞鶴、グラーフ・ツェッペリン、エンタープライズの艦載機がおよそ150機の編隊で攻撃を開始した。
「敵は戦艦一隻だけね。とっとと輸送船を沈めて帰るわよ」
『一瞬で海の藻屑にしてくれよう』
『ふふ。大量虐殺ですね』
「別に人間を殺したい訳じゃないんだけど」
瑞鶴はアメリカ人を殺すことへの躊躇は全くないが、積極的に殺したいというほどではない。トルーマンやルーズベルトのような人間の屑は別だが。
『殺すことに変わりはないではありませんか』
「何であんたはいっつもそういうこと言うのよ」
『さあ。普通にするのが性に合わないのかもしれません』
「あ、そう。普通じゃないって自覚はあるんだ」
『ええ。当然じゃないですか』
エンタープライズは不思議そうに言った。急に正気に戻られると、瑞鶴も困る。
「だったら普通であるよう努力しろ」
『瑞鶴が仰るなら、吝かではありません』
「ちゃんとやってよね」
『瑞鶴、とっとと攻撃を始めるぞ!』
ツェッペリンに真面目にやれと怒られた。
「ええ、そうね。攻撃開始!」
敵はソ連海軍とUSA海軍の混成部隊。戦艦は一隻だけだが、重巡洋艦程度の艦が八隻もおり、なかなか強力な弾幕を張ってくる。とは言え、瑞鶴の敵ではない。
少々の爆撃機を落とされながらも、対空砲火をのらりくらりと回避しながら、瑞鶴は急降下爆撃を強行する。航空爆弾が輸送船に直撃すると、たったの一撃で大炎上する。輸送船の防御力など皆無と言って差し支えないのである。
輸送船は最初12隻ほどあったが、あっという間に残り3隻になっていた。が、その辺りで爆弾と燃料が尽きてきた。
『瑞鶴、そろそろ下がった方がいいのではないか?』
「そうね。全部沈められなかったのは残念だけど」
『私なら、特攻で残りの敵を沈めても構いませんよ』
「別にいいわよ、そんなことしなくて」
『あら、私を心配してくださるんですか?』
「んな訳ないでしょ。艦載機の無駄遣いに虫唾が走るってだけよ」
『あらあら』
完全に敵を殲滅するには至らなかったが、75%という多大な損害を与えることに成功したのであった。とは言え、質はともかく、ソ連の造船能力は非常に高い。この程度の損害は擦り傷でもないだろう。