日本の内情
一九五七年十月六日、大日本帝国東京都麹町区、皇宮明治宮殿。
大日本帝国の池田勇人首相はこの内戦を利用してソ連とドイツを潰し合わせ、日本を世界で唯一の超大国にしようと目論んでいる――世間一般にはそう思われているが、実際のところは参戦したくてもできないというのが実情であった。
「国内世論はアメリカ合衆国覆滅すべしの一色です。当然のことではありましょうがね」
大本営政府連絡会議の席で、佐藤栄作内務大臣が報告する。内務省はその名の通り、国内問題については圧倒的な権力を持ち、警察もその監督下にある。
「まあ、そうだろうね。私としてもアメリカ合衆国なんぞ今すぐ滅ぼしたいんだがねえ」
池田勇人首相は苦笑いしながら。
「帝国の即時参戦、アメリカ合衆国の即時滅亡、トルーマンの即時処刑。帝国政府に対する三大要求などと、新聞は騒ぎ立てております」
「そんなことを言われても困るんだがね」
「当然です。ソビエト連邦との関係悪化は避けねばなりません」
重光葵外務大臣は言う。USAはソ連の傀儡政権であり、それを攻撃することはソ連に喧嘩を売るようなものなのだ。
「分かっているとも。とは言え、アメリカ合衆国などと仲良くするのは不可能だが、ドイツに味方するというのもな……」
日本とソ連は第二次世界大戦終結直後からずっと同盟国である。お互いに信用できない相手ではあるが、最低限の義務は果たしてきた。お陰で環太平洋地域は大いに安定し、帝国は平和の利益を得ている。そのソ連がUSAを支援しているのだから、外交上はUSAを支持するのが筋というものである。
しかし、USAに味方するなど全く考えられない。国内世論は絶対に支持しないし、そもそも人種差別を隠すつもりもないUSAが日本と協調するとも思えない。トルーマンはルーズベルトにも劣らない狂人であり、現在の民族浄化政策を撤回するつもりなどないだろう。もっとも、USAはソ連の傀儡であるから、ソ連の意思次第で態度を翻すかもしれないが。
結局のところ、大日本帝国はUSAもCAも支持するとは言えないのである。USAを支持すれば直ちに内閣総辞職になって、USA覆滅派の人間が首相になるだけだろう。CAを支持すればソ連との関係が非常に悪化する。
「ソ連からドイツに鞍替えするというのは、ありなんじゃないか?」
首相は戯れに、外務大臣に尋ねてみる。
「……確かに、ドイツとの間に決定的な亀裂はありませんが、そう簡単にソ連を裏切るなど、帝国の国際的な信用が失墜します」
「分かっているよ。冗談だ」
「このような場で冗談とは……」
「まあいいじゃないか。何とか、ソ連との関係を損ねずUSAに侵攻できないだろうか」
可能であれば誰もがそうしたいものだ。この内戦のせいで世界の貿易路が半分閉ざされてしまっているし、アメリカ合衆国はやはり地上から消し去りたい。
「それができれば何も困らないものですが……」
池田首相の真面目な発問を受け、重光外務大臣は暫く考え込む。
「考えられるとすれば、USAに先制攻撃をさせれば、我が国が参戦することにソ連は何の文句も言えますまい」
「なるほど。確かにそれはそうだ。とは言え、トルーマンは馬鹿ではない。そんなことをしてくるとは思えないね」
メキシコのカリフォルニア州はUSAと接しているが、USA軍は全く手を出してこない。トルーマンの民主主義の教義からすると有色人種は皆殺しにするべきらしいが、信者が誰一人として国境を越えてこないのは、絶対に日本に手を出さないよう統制を徹底しているからであろう。
「ええ。普通は考えられませんし、トルーマンにそのつもりはないでしょう。しかし、部下が暴走する可能性もあります。寧ろ、そうなってくれれば有難いものです」
「確かにUSAはマトモな国ではない。そのくらいはありえるかもしれない」
「或いは、メキシコに直接手を出さずとも、ワシントンの大使館を攻撃されれば、十分に宣戦布告の事由になります」
「大使館か……。確かに手を出し易そうではあるね」
日本はUSAを全く認めていないので、日本大使館はUSAの領域内で活動を続けている。それがUSAに放置されているのも、日本と交戦状態に突入する訳にはいかないというトルーマンの意思であろう。
「非道な戦略ではありますが、USAの民主主義者を挑発し、大使館を攻撃させるのがよいかもしれません」
「大使館を攻撃させるか……。犠牲が出るだろうね」
「ええ。大使館はほとんど非武装です。恐らく、皆殺しの憂き目に遭うでしょう」
「それは避けたいものだが……この内戦をさっさと終わらせれば、犠牲者は少なくて済む」
「何年続いたとしても日本人の犠牲者は出ないと思われますが」
「例えアメリカ人であっても、人間の命に貴賎はあるまい」
「自分で提案しておいて言うのもあれですが、アメリカ人などの為に自国民を犠牲にするというのは、好ましくないかと思われます」
「バレなければ別にいいじゃないか」
「……バレた時が非常に面倒になりますが」
「その時は内閣総辞職をすればいいだけだ」
日本はこの内戦を終わらせる一手を密かに始動させた。