地上の戦況
一九五七年十月三日、CA-USA間最前線、フレデリックスバーグ周辺。
アメリカ合衆国が占領し勝手に首都にしているワシントンD.C.と、アメリカ連邦が政府機能を移した臨時首都リッチモンドとは、僅かに140km程度しか離れていない。これほど近くにあるにも拘わらず、USA軍もCA軍もお互いの首都を攻め取れずにいた。
96年前の南北戦争でも、USAとCSA(アメリカ連合国)がワシントンとリッチモンドに政府を置き、戦争終結直前までお互いの首都が落ちることはなかった。それと同じことが繰り返されているらしい。先のアメリカ戦争においてアメリカ海軍が壊滅を避けて現存艦隊主義に徹していたのに対し、陸軍は国連軍に本土決戦を挑んで壊滅したから、両軍とも決め手に欠くのである。
リッチモンドの北70kmほど、ちょうどワシントンとリッチモンドの中間辺りに、長大な塹壕線が掘られていた。まるで第一次世界大戦のような有様である。内戦が始まる前から機甲部隊が壊滅していたところで陸軍が分裂したら、マトモに機甲戦力を運用することなど不可能なのだ。
塹壕の一角を守る小隊。彼らの担当区画のすぐ隣に砲弾が降ってきた。
「と、隣の小隊が全滅した!」
「退避壕に入れ!!」
塹壕の上に置いておいた機関銃などを放り出して、兵士達は一目散に退避壕に逃げ込む。退避壕は塹壕の奥に掘られており、砲撃から身を隠すことができる。間に合わなかった数名が粉々になったが、小隊の大半は生き残ることができた。
砲撃には一切の容赦がなく、一時的に耳が聞こえなくなる爆発音に、ただ怯えることしかできない。10分ほど経つと、砲撃が終わった。
「敵が来るぞ!! 持ち場につけッ!!」
砲撃はUSA軍が攻撃してくる証だ。退避壕に隠しておいた機関銃を引っ張り出し、機関銃手以外は半自動小銃を構え、敵に備える。本当なら全員にアサルトライフルを配布したいところなのだが、CA軍にそれほどの余裕はなかった。
案の定、砲撃によって穴ぼこだらけになった大地を、USAの兵士が駆けてくる。戦車などないので彼らを守るものは何もなく、全くの生身である。
「撃ちまくれ!!」
「「「おう!!!」」」
銃撃を開始すると、いとも簡単に敵兵が死んでいく。まるで草刈機で雑草を刈っているかのように、簡単に人間が死んでいく。同じアメリカ人を殺していることに、もう嫌悪感はなくなっていた。
USAの兵士は走ることに全力を尽くしているが、その中でも銃を乱射して、多少は牽制を試みる。こちらは塹壕に入っているので銃弾はほとんど当たらないが、稀に運悪い兵士が頭を撃ち抜かれて死ぬ。兵士の死体は衛生兵によって機械的に後方へ運ばれていき、それ以外は誰も気にかけない。
やがて敵兵は互いの顔が認識できるほどの距離に迫ってきた。だが、そこで彼らがぶつかるのは鉄条網である。設置が極めて容易であるにも拘わらず、砲撃ではほとんど破壊できず、人間を絡め取ることに特化した障害物。これを突破するには人間が鉄線を手作業で切断するしかない。もちろん、銃弾の雨あられに撃たれながらである。
敵の目の前、機関銃の銃口の前でそんな工作をしていて、無事でいられる訳がない。鉄条網にも何十人かの死体が無惨に倒れかかっていた。この日のUSA軍の攻撃は失敗し、CA軍は防衛線の維持に成功したのであった。
このような歴史に残らない小規模な戦いが、1日に何十回と繰り返される。USA軍もCA軍もお互いに突撃を繰り返しては、死者を増やし続けていた。
○
一九五七年十月三日、アメリカ連邦ヴァージニア州、臨時首都リッチモンド。
「塹壕を突破できる見込みは、絶望的です。ワシントンの奪還は諦めた方がよいかと思われます」
アメリカ総督レイモンド・スプルーアンス元帥にそう報告するのは、元陸軍元帥ジョージ・マーシャルであった。アメリカ戦争の責任を問われて終身刑になっていたマーシャル元元帥であったが、この非常事態にあってアメリカ連邦軍の参謀になっていた。
「そうか……。戦車の一両でもあればいいんだがな」
「我が軍の機甲戦力は壊滅状態です。数少ない機械化戦力は、広大な西部に展開せざるを得ませんから」
「分かっている。しかし……ソ連の支援が本格化するのなら、敵の戦車が増えることになる」
「ソ連製の戦車が纏まった数で現れれば、我々の防衛線が突破されてしまうことは確定的でしょう」
「リッチモンドを捨てることになるか……。100年前の先例からすると、そうはなりたくないものだが」
南北戦争の南軍は最初期を除いて常に劣勢だったが、リッチモンドは敗北の直前まで落ちなかった。リッチモンドが落ちるとなれば、それは敗戦を意味するのかもしれない。
「ええ。それについては、祈る他にないでしょう。いずれにせよ、この戦争を終わらせることは絶望的と言えます」
「ああ……。誰か、どうすればいいのか教えてくれ……」
と、その時であった。総督執務室に伝令が飛び込んでくる。
「総督閣下、申し上げます! フレデリックスバーグ付近に、敵の大規模な戦車部隊を確認しました!」
「もう来たか……。はぁ。どれくらい時間を稼げるものか」
「最善は尽くしましょう。現代の技術であれば、多少は戦車に対抗することもできます」
個人で運用できる対戦車無反動砲はそれなりに配備されている。それを使うのはほとんど自殺攻撃に等しいものだが。