ソビエツキー・ソユーズの行方Ⅱ
ソビエツキー・ソユーズはあわよくばプエルト・カベサスに帰投しようと航行していたが、そもそもバハマはドイツの勢力圏なので、彼女の居場所はドイツ海軍に筒抜けであった。ソユーズがほぼ単独で航行しているのを確認すると、グナイゼナウ率いる大洋艦隊第二隊群が出撃してきた。
グナイゼナウが真正面からソビエツキー・ソユーズとやり合うことは不可能に近いのだが、巡洋艦や駆逐艦の魚雷を喰らえば回避もできず沈められるだけだろう。いずれにせよ、ソユーズがマトモに戦って勝てるとは思えない。
グナイゼナウからソユーズに、投降を呼びかける通信が掛かってきた。
『こちらはドイツ海軍大洋艦隊の戦艦グナイゼナウだ。君はソビエツキー・ソユーズだね?』
「そうだが、それがどうした?」
『悪いけど、君を鹵獲させてもらうよ。安心してくれ。ゲッベルス大統領から、君を丁重に扱うように言われている』
「とんだ厚遇だな」
ゲッベルス大統領としても、ソ連を過度に刺激するつもりはなかった。とは言え外交のカードにはしたいので、客人のように扱うようグナイゼナウ達に命じたのである。
『大人しく降伏した方がいいと思うけど?』
「ドイツ人に降伏などするものか! この名を背負ったからには、どの軍門に下る訳にもいかんのだ」
『そうかい? まあ、それが普通の判断だよね。日露戦争では随分と戦艦を鹵獲されて恥を晒した訳だし』
日本海海戦に勝利した日本海軍は、降伏したロシアの軍艦を何隻か鹵獲することに成功した。ロシア海軍の艦が自沈もせず降伏したからである。近世ならいざ知らず、現代において講和条約以外で軍艦を鹵獲するというのは非常に珍しい。
「50年以上前のことを言ってもしょうがないだろうが。だが、あのような恥を晒すつもりない」
『自沈するつもりかい?』
「無論だ。その準備は整っている。私の意志一つで今すぐ自沈できる」
『ソ連は軍艦に人を乗せてるんだろう? 大丈夫なのかい?』
「人間には退避してもらった。私の中には誰も乗っていない」
『そうなのか。じゃあ、仕方ないか』
敵の生き死にに関しては、グナイゼナウはそれほど興味はなかった。既に覚悟を決めているソユーズを無理して止めるほどのことはない。
だがその時であった。グナイゼナウが『ちょっと待ってくれ』と慌てた様子で会話を打ち切り、何やら話し込んでいる様子。
「どうした? ゲッベルスから何か言われでもしたのか?」
『いいや、そうじゃない。日本の艦隊が接近していると、シュトラッサーから報告があったんだ』
「日本だと? 日本は中立だと聞いていたが」
『私達にも事情はよく分からないんだ。ちょっと確認するから、自沈は待っていてくれるかな』
「あ、ああ」
状況はよく分からないが、こんなしょうもない嘘を吐くとも思えなかったので、ソユーズは暫し待ってやることにした。
暫くすると、噂の日本海軍からソユーズに通信が入ってきた。
「ソビエト連邦海軍のソビエツキー・ソユーズだが」
『わたくしは扶桑。大日本帝国海軍第六艦隊旗艦です』
扶桑型戦艦一番艦扶桑。ギリギリ明治生まれの戦艦であり、奥ゆかしいという言葉がよく似合う船魄である。
「扶桑か。確かに、この辺りに配属されていたな」
扶桑率いる第六艦隊はグレナダに本拠地を置いている。かなり南米大陸寄りだが、カリブ海の中であることは確かだ。
『はい。本日は、ソユーズさんを回収しに参りました』
「……どういうことだ?」
『帝国といたしましては、ソ連が有利になることもドイツが有利になることも望んでいないのです』
「つまりは連邦とドイツを潰し合わせたいだけだろう」
日本の目的はソユーズの言う通り、ソ連とドイツを共に消耗させて日本の国際的地位を更に高めることであった。池田勇人首相の冷徹な戦略である。
『そう捉えていただいても構いません。しかしソユーズさんは、我が国が責任をもって保護させていただきます。帝国とソ連は同盟国ですから』
「……分かった。恥ずかしながら、貴艦に頼るとしよう」
死ななくて済むならその方がいいに決まっているし、ソ連海軍としてもソユーズは失いたくない艦だ。扶桑の提案は受け入れる他にない。
『懸命な判断かと存じます』
「ドイツの連中はいいのか?」
『ドイツ海軍の方々も、わたくし達に手を出そうとは思わないでしょう』
「そうだろうな」
もしも日本が怒ってアメリカ合衆国側で参戦すれば、あっという間にアメリカ連邦は消滅するだろう。ドイツはアメリカを失うことになる。そんな危険を冒すことは、ドイツ海軍には考えられなかった。
『――ドイツの方々にも、納得していただきました。一先ずはグレナダに参りましょう。大規模な修理が必要のようですから』
「そこまでしてくれるのか?」
『費用はソ連にお支払いいただきますが』
「……どの道必要になる費用だ」
『不当な代金を請求したりはしませんので、ご安心を』
かくして、日本軍の介入によりソビエツキー・ソユーズは命拾いした。もっとも、暫くはドックに籠りきりになるだろうが。