コメットとの航空戦
大和とイギリス艦隊を、コメットが再び襲った。ワシントン近郊から出撃したコメットおよそ150機が彼女達に迫る。月虹の空母達は事前にノースカロライナ州の飛行場に戦闘機を置いており、すぐさま離陸を始めた。
「迎撃を始めるわ。あなた達は見物してなさい」
瑞鶴は自信満々にヴァンガードに告げる。
『見物以外に何かができる訳がないだろう。だが、頼む』
ヴァンガードとしては、これ以上の損害を出す訳にはいかない。月虹が戦果を挙げてくれなければ困るのだ。
『が、頑張ってください、瑞鶴さん』
大和が声を掛けてくる。
「もちろんよ。あなたには指一本触れさせないわ」
月虹の艦上戦闘機およそ150機が、艦隊から300kmほど離れた地点でコメットと交戦を開始した。コメットの速度は相変わらず既存のあらゆる戦闘機のそれを上回っており、数分の間に決着をつけなければならない。
『ふふ。コメットを撃ち落とすのは初めてですけど、抵抗しない相手を殺すのは楽しくないですね』
と、エンタープライズは笑いながら言う。瑞鶴にはエンタープライズが何を考えているのか全く分からないので、特に反応しないことにした。
「あんたはコメットを使ってたんだから、たくさん落としてよね」
『もちろんです。あなたのお役に立ってみせますよ、瑞鶴』
エンタープライズはコメットを艦載機として操っていたことがある。コメットの特性について、ただ戦っただけの瑞鶴やツェッペリンより詳しいであろう。
「あ、そう。頑張って」
『しかし大したことはないな。以前にも増して操縦者の練度が低下しておる』
ツェッペリンが言う。確かに、コメットに載せられているのはほとんどがロクな訓練も受けていない少年兵であった。元より直進しかできないと言われるほど操作性の悪いコメットで、回避などという高度な芸当が素人にできる訳がない。ただ直進している的を狙って撃つという、至極簡単な仕事であった。
「でも、無駄に速いのは相変わらずね⋯⋯。そろそろ振り切られる」
『ああ、本当は皆殺しにしてあげたかったのに⋯⋯』
「それはまあ、同感ね。殺したいんじゃなくて落としたいだけど」
空母達は全力を尽くしてコメットを落としたが、全てを落としきるには至らなかった。60機ばかりが残っているところで時間切れ。コメットに逃げられてしまった。
瑞鶴はこの結果をヴァンガードに報告する。
『――そうか。お前達でも落とし切れなかったか。だが、そこまで減ったならば、我々の方で対処できる』
「本当でしょうね? 大和を傷つけたら許さないわよ」
『保証はできん。戦争とはそういうものだろう』
「⋯⋯まあいい。全力でやってよね」
『無論だ』
コメットは間もなくヴァンガード艦隊の射程圏内に入った。六隻の戦艦が全力で迎撃する。主砲による砲撃、高角砲と機銃による攻撃でコメットのほとんどを落とし切ることに成功したが、全てを落とすのはやはり困難だ。簡単な確率の問題である。
僅かに生き残ったコメットは2機だけであったが、そのうち1機が大和に命中、もう1機は海面に突入して無駄死にに終わった。
『すまない、瑞鶴。大和が被弾した』
「⋯⋯大和と話させて」
『了解した』
瑞鶴はすぐさま大和と電話を繋ぐ。
「大丈夫なの、大和?」
『は、はい。大和は大丈夫です。今回は、舷側装甲で弾き返せました』
「そう⋯⋯。よかったけど⋯⋯」
『大丈夫です、瑞鶴さん。前回の攻撃も、致命傷とは程遠いです。水面上の船体を攻撃されても、浸水はしないんですから』
「そうだけど⋯⋯」
確かに、水面下に穴が開かない限り、船は沈まない。どれほどコメットの攻撃を受けても、大和は恐らく沈まないだろう。
『瑞鶴さん⋯⋯過保護ですよ、そこまでされると』
「⋯⋯分かった。大和が大丈夫なら、そのままでいいわ」
月虹が護衛する限り、大和への被害は無視できるほどに減らせる。今後も月虹がこちらで活動し続けるという条件で、瑞鶴は大和を最前線に出すことを認めた。
○
一九五七年九月十二日、フロリダ海峡。
モンタナを中心とするUSA海軍大西洋艦隊は、チェサピーク湾を出てからかなり鈍足で南下している。コメットの攻撃でヴァンガード艦隊の戦力を削っておきたいのだろうが、最初の一度を除いて戦果はほんの僅かに留まり、戦艦を落伍させることは最早不可能であろう。
戦艦同士の戦いが発生するにはまだ少し時間が掛かりそうであるが、CA海軍のシャーマン大将には心配事があった。
「ウリヤノフスクが全く介入してこない⋯⋯。どうなっている⋯⋯」
「どうしたんだい、大将?」
難しい顔をしているのが気になったのか、レキシントンがシャーマン大将に話しかけてきた。
「所在は不明だが、大西洋にはソ連の空母機動部隊がいる筈だ。だが、ウリヤノフスクは全く戦闘に参加していない」
USAのコメットは月虹に撃ち落とされ続けている。ウリヤノフスクなどが月虹の妨害に出てきてもおかしくはないし、そうするのが自然であろう。