ジャマイカ沖海戦
一九五七年九月二日、カリブ海、ニカラグア近海。
ソビエト連邦海軍太平洋艦隊とUSA海軍太平洋艦隊は連合艦隊を結成した。その旗艦は戦艦ソビエツキー・ソユーズであり、司令長官はセルゲイ・ゴルシコフ大将である。USAがソ連の傀儡であることを隠す気もない布陣であるが、今更隠す必要もないというものである。
米ソ連合艦隊の目的はアメリカ東海岸に到達することであるが、それには幾つかの経路が考えられる。フロリダ海峡を抜けるか、キューバとハイチの間(ウィンドワード海峡)を抜けるか、或いはドミニカやプエルトリコの東を大きく迂回するか、である。
敵地そのものであるフロリダのすぐ隣を通り抜けるのは非現実的であり、プエルトリコを大回りで迂回するのは時間と燃料を消費し過ぎるということで、ゴルシコフ大将はウィンドワード海峡を通って大西洋に出ることを決定した。
連合艦隊はニカラグアを出発し、キューバ西部に向けて航行している。
「同志ゴルシコフ、キューバは我々か敵か、どちらにつくでしょうか」
艦内の司令室で、ソビエツキー・ソユーズはゴルシコフ大将に尋ねた。
「表立っては中立を保つだろうが、実質的にはアメリカ連邦、つまり我々の敵につく可能性が高いだろう」
ソ連とキューバは同じ社会主義国とは言え、アメリカ合衆国に間接的でも味方することは、キューバにとっては論外であろう。
「やはり、ですか。同じ社会主義国だというのに……」
「寧ろ、我々の方が社会主義に対して背信を犯しているのだ。キューバの態度は我々よりマルクス主義的だろう」
「そ、それは……まあ……」
資本主義の権化、労働者の人権より全体の発展を優先する資本家の国、アメリカ合衆国に味方している時点で、ソ連は自身のイデオロギーに甚だ矛盾した行動を取っているのだ。
「我々に恐れをなして手を貸してくれるとも思ったが、カストロはなかなか気の強い男のようだね」
「ええ、そのようです」
「後は、月虹の振る舞いが気になるところだ。瑞鶴はUSAを憎んでいるだろうが、我々に攻撃してくるほどだろうか」
「既に大和がウリヤノフスクと交戦しています。瑞鶴は我々と交戦することも躊躇しないのでは?」
「あれはこちらから仕掛けたことだ。瑞鶴が積極的に仕掛けてくるとは限らない」
「確かに、その通りかもしれません」
「何度か戦っている君から見て、月虹というものは脅威だと思うか?」
そう問われ、ソユーズは「月虹など烏合の衆で大した戦力ではない」と言いたかったが、実像を歪める訳にはいかない。ほんの小さな艦隊であるにも拘わらず、月虹はソ連海軍に確かな損害を与えることに成功している。
「瑞鶴とグラーフ・ツェッペリン……私より古い船魄というだけあって、非常に強力な空母です。艦載機の数が同じであれば、彼女達に勝てる者は他にいないでしょう。それに妙高・高雄・愛宕という重巡洋艦達も、創意に富んでいます。警戒が必要でしょう」
「なかなかの高評価だな」
「……事実を述べたまでです」
「分かった。月虹が敵に回らないと祈りたいところだな」
「はい。あれにエンタープライズが加われば、手がつけられなくなるかもしれません」
「困ったことだね」
「何か、月虹を手懐ける手段の用意でもあるのですか?」
「そんなものはない。だが、必要であれば、手を打つかもしれない」
「我が国は瑞鶴に随分と嫌われていますから、難しいかもしれません」
「それは分かっている」
月虹とソ連が友好的な関係にあったことは一度もない。主な原因はグラーフ・ツェッペリンがソ連に極めて強い敵愾心を抱いているからであるが、ソ連の態度も強圧的であった。月虹と和解するのは難しいだろう。
○
一九五七年九月三日、カリブ海、ジャマイカ近海。
戦艦六隻に随伴艦を加えた米ソ連合艦隊は、キューバの南にあるジャマイカの近海に到達した。この辺りになるとキューバを飛び越えてCA海軍が攻撃してくる可能性がある。キューバはソ連に情報を流すつもりはないようなので、レーダーしか頼れるものはない。
『ゴルシコフ大将、敵がお出ましだぞ』
ハワイからゴルシコフ大将に通信が入った。この艦隊で一番巨大なハワイが最初に敵を探知するのは、自然なことであろう。
「敵の数は?」
『およそ300機だ』
「了解した。CA海軍の全力にしては少ないように思えるな」
『大した数じゃない。簡単に撃退できる』
「期待しているよ」
ゴルシコフ大将は直ちに全艦に戦闘配置を取らせた。数少ない空母――ノヴォロシースクとバクーを中心にした輪形陣を取り、空母からは艦載機を全力で発艦させ、敵機の襲来に備える。
ゴルシコフ大将自身はソビエツキー・ソユーズの艦橋に上がった。この程度の纏まった艦隊であれば、目視で状況を確認した方が早い。
『同志ゴルシコフ大将、北東80kmに敵影を確認しました。敵には日本軍の機体が認められます』
空母ノヴォロシースクから報告が入る。大日本帝国が中立を宣言している以上、その機体の主は一人しか考えられない。
「瑞鶴か……。月虹は、完全にアメリカ連邦に味方すると決めたようだ」
「となると、もしかすると残りはエンタープライズかもしれません」
「世界最強の船魄を纏めて相手にするということか。気が重い」
「わ、私も忘れないでもらいたいものですが」
世界最強の船魄に数えられていない気がして、ソユーズは柄にもなく、そんなことを口走ってしまった。
「おっと、これはすまない。君のことももちろん頼りにしているぞ、同志ソユーズ」
「はっ……」
ソユーズは恥ずかしそうに答えた。