エンタープライズの過去Ⅱ
「こ、これ、は……」
「知らないのかね? それは拳銃だ。人を殺す為の道具だ」
「そ、そんなことは分かっています。で、ですが、これで、この人達を殺せと……?」
エンタープライズは震える声で尋ねた。だがルーズベルトは彼女を気遣う素振りも見せなかった。
「ああ、その通りだとも。この日系人達を処刑したまえ」
「で、ですが……それは、犯罪です。この人達は何も悪いことをしていないのに……」
「悪いことだって? 決まっているじゃないか。有色人種の血を引いて生まれたこと、それ自体が罪なのだよ。白人以外の血は、地上に存在してはならないのだ。我々白人は、有色人種を殺すことによって、彼らを罪から解放することができるのだ。これは慈悲なのだよ。我々が彼らを殺せば、有色人種の血を持って地上に存在する罪をこれ以上犯さないで済むのだから」
「く、狂ってる……。あなたは狂っています、ルーズベルト」
エンタープライズははっきりと言い切った。
「ははっ、確かにね。だが、私を選んだのはアメリカ国民だ。狂っているのはこの国そのものではないかね?」
「あなたが、国民を騙したのです」
「騙された方が悪い」
「とてもマトモな人間の発想とは思えません」
「私がマトモかどうか判断できるのは神だけだ。いや、こんな意味のない問答は終わりにしようじゃないか。さあエンタープライズ、こいつらを殺せ。これが君の最初の仕事だ」
「で、できる訳がないでしょう!」
「そうかそうか。それは残念だ。では、君は必要ない。グローヴス君、エンタープライズを殺処分しておいてくれたまえ」
「えっ……」
何の躊躇いもなく自分を殺そうと言い出すルーズベルトに、エンタープライズは絶句する。
「やはり、軍艦と言えど死にたくはないのかな?」
「あ、当たり前、です……」
「では、この日系人達を殺したまえ。君自身が死ぬか、こいつらが死ぬか、その二つしかないのだよ」
「そん、な……」
「さあどうする、エンタープライズ?」
「…………」
エンタープライズは拳銃を両手にしっかり持ち、哀れな犠牲者達に向けた。だが、引き金を引くという決断までは下せない。何の罪もない人を殺すなどできない。
だが、その時だった。エンタープライズに突然、感情が溢れた。自分のものではない感情、死を恐れる感情と生を諦めた感情が混ざったような、未知の感情であった。
「こ、これは……この人達の、感情……?」
「どうしたのかね、エンタープライズ?」
「わ、分からない……ですが、まるで人が考えていることを、読んでいるかのような……」
エンタープライズの断片的な言葉に、ルーズベルトは強く興味を持った。
「ほう。つまり君は、人の思考を読み取れるのかね?」
「わ、分かりません……」
「グローヴス君、どうなっているんだ?」
「船魄というものの原理からして、人の心を読むというのは、あり得ない話ではないかと」
「ほう、それは面白い。本当なら非常に有用じゃないか」
「本当ならですが、人の心を読める兵器とは確かに、史上類を見ない兵器になるかもしれません」
ルーズベルトの興味はエンタープライズが示した能力に移った。エンタープライズは研究所に戻され、少なくとも今だけは、人を殺さずに済んだ。
○
一度力を示してからというもの、エンタープライズの読心能力は急速に開花した。目の前にいる人間であれば考えていることをほとんど精確に読み取ることができ、その人間の感情を受け取ることもできた。とは言え、その有効範囲は精々数メートルと言ったところで、兵器としての実用性はないと判断された。
がっかりしたルーズベルトは再びエンタープライズを呼び出し、今度こそ人殺しを強要しようとした。エンタープライズにルーズベルトの要求を拒否することはできなかった。
しかし、エンタープライズにとって最も不運だったのは、人を殺させられることではなかった。ルーズベルトという真性の狂人と、人の心を読む能力は、決して出会わせてはならないものだった。
「な、なん、ですか、あなたは……」
ルーズベルトの顔を見た途端、エンタープライズの顔が真っ青になった。ルーズベルトの思考と感情を、エンタープライズは自らの意思と関係なく読み取ってしまうのである。
「私の頭の中を覗いているのか。どんな感じなのかね?」
「お、おかしい、あなたは……。人間じゃ、ない……。あ、悪魔……」
その言葉に、ルーズベルトは興味を示す。
「ほう。悪魔か。確かに、私の本質をよく表しているかもしれないね」
「底なしの、悪意が……私に、襲いかかってくる……」
「それならば、君にも理解できるだろう? 有色人種は殺し尽くさねばならない。特に唯一列強の地位にある日本は、日本人は、一人残らず殺し尽くさねばならないのだよ!」
「そ、そんなこと、したくない……」
「さあ早く、こいつらを殺せ!」
ルーズベルトはエンタープライズに拳銃を持たせ、縛り付けた日系人に銃口を向けさせる。
「い、いや、です……。そんなこと、するくらいなら……私は……!」
「おや?」
エンタープライズは震える手で、自らの眉間に銃口を押し付けた。




