エンタープライズの過去
時に1944年、大日本帝国海軍が世界初の船魄こと瑞鶴を実戦投入したことにより、アメリカ海軍は一日にして壊滅。アメリカはこの常識を超えた兵器と対峙する必要に迫られていた。
ルーズベルト大統領は原子爆弾開発を主導するレスリー・グローヴス中将をホワイトハウスに呼び出した。
「中将、先日のことはもう聞いたかね?」
「ええ、もちろんです。とても信じ難い話ではありますが……どうやら信じる他にないようです」
「そうだね。だから我々は、敵の新兵器――テレパシー制御装置と同じものを造らなければならない」
瑞鶴が生まれる遥か以前から、アメリカも船魄の情報を掴んでいた。だが日本が本気で研究しているとは誰も思わず、何らかの計画の予算を誤魔化す為に作成された書類の上だけの存在だと、誰もが思っていた。
「まさか、私にあの化け物を生み出せと?」
「ああ。君はそういうのは得意だろう」
「原子爆弾の開発はどうなさるのですか? 言うまでもないことですが、あれを原子爆弾と同時に開発するなど不可能です」
「そうだろうね。原子爆弾開発は中止だ」
「……本当によろしいので?」
「原子爆弾など無差別殺戮にしか使えないだろう。私は是非とも日本人を大量虐殺したいんだが、アメリカが負けたら仕方がないからね」
「まあ、確かに。では、マンハッタン計画は放棄し、テレパシー制御装置の開発を開始します」
「ああ。予算は幾らでもつけるし、必要なものがあれば合法非合法問わず何でも言ってくれたまえ。例えば……実験に人命が必要なのであれば、強制収容所から用意させよう。何人殺しても構わないぞ」
「はっ。ご配慮、感謝します」
マンハッタン計画は全面的に中止し、グローヴス中将は船魄を生み出す計画――ブルックリン計画を新たに立ち上げ、直ちに実行に移した。
ルーズベルトの全面的な支援を受け、ブルックリン計画は極めて順調に推移した。既に諜報活動で日本から集めていた情報と、毎日最低でも3人は日系人の命を消費し、グローヴス中将はたったの3ヶ月で最初の船魄――エンタープライズを生み出すことに成功したのであった。
痛々しい包帯を全身に巻き付け、両脚は通信装置を組み込んだ義足になって歩くこともできない哀れな少女。だが彼女は、アメリカを救わなければならないという使命感を強く持ち、決して不満を持ってはいなかった。
ルーズベルトは生まれて数日しか経っていないエンタープライズに早速会うことにした。お互い車椅子である。
「やあ、初めまして。私はアメリカ合衆国大統領、フランクリン・ルーズベルトだ」
「あなたが大統領閣下ですか。お初にお目にかかります。私はヨークタウン級航空母艦三番艦エンタープライズです。よろしくお願いしますね」
エンタープライズは明るく挨拶し、握手を求める。エンタープライズとルーズベルトは和やかに握手を交わした。
「さて、君の使命が何なのか、分かっているな?」
「ええ、もちろんです。私の使命は、アメリカを救うこと。アメリカ最大の敵である、私の同類、瑞鶴を撃破することです」
「うむ。その通りだ。君の使命は、沢山の日本人を殺すことだ」
「……え、ええ、まあ、そうですね」
エンタープライズは積極的に人を殺したいなどとは微塵も思っていなかった。だが、確かに日本人を殺すことになるのは間違いないだろうし、敵艦隊を相手にするなら数万の人間を犠牲にすることも考えられる。エンタープライズはルーズベルトが軍人としての覚悟のようなものを示したのだと思い、同意を示しておくことにした。
「まあ、言うまでもないことだがね。だから君にはまず、人殺しの練習をしてもらいたいと思うのだ」
「練習……? 人殺しの……?」
「うむ、その通りだ。こっちに来たまえ。君の為に練習場所を整えておいたんだ」
「は、はい……」
ルーズベルトに連れられ、部屋を移動する。行った先には、信じられない光景が待ち構えていた。
「な、何なんですか、これは……?」
「見て分からないかね? 強制収容所から連れてきた日系人だ。まずは兵士として適している者からね」
3人の日本人と思わしき男性が、柱に縛り付けられ目隠しをされ、猿轡を噛まされていた。マトモな国がすることとは思えない。
「こ、この人達は、普通にアメリカで暮らしていた人達ですよね……? こんなことをして、許されるとでも……?」
「ああ、許されるとも。勝者の犯罪はいかなる重大なものでも、誰も罰することはできない。逆に敗者は、清廉潔白な者であっても、勝者にとって都合が悪ければ濡れ衣を着せられる。国家による犯罪とはそういうものなのだ」
「だ、だからと言って……」
「こんなところで法律の問答をしている暇はない。エンタープライズ、君の初仕事は、こいつらを処刑することだ。これを使ってね」
ルーズベルトはエンタープライズに拳銃を手渡した。エンタープライズは想像を超えた出来事に困惑し、それが何を意味するのかもよく分からず、差し出されたものを反射的に受け取っていた。




