船魄達の動向
さて、USAが注目したのは太平洋艦隊だけだはない。アメリカ最強の空母エンタープライズを、トルーマンは是が非でも味方にしたかった。彼女がいれば制空権を手に入れられるし、彼女がいなければ空を自由に飛ぶことは不可能になる。それほどの死活問題なのである。
とは言え、それはCAも同じである。危機的な状況にある太平洋艦隊と違って、大西洋艦隊はほとんどがフロリダのメイポート補給基地、つまりCAの勢力圏内にいるので、USAに譲歩する必要は全くない。USAからエンタープライズへの勧誘は全て拒絶していた訳だが、エンタープライズは意外な反応を見せた。
「一度トルーマンと話をさせてください。それで私の立ち位置を決めます」
エンタープライズはケネディ中将に言った。
「まさか、我々を裏切る気なのか?」
「そんなつもりはありませんよ。今のところはね」
「トルーマンに説得されるかもしれないというなら、君とトルーマンが接触するのは許せない」
「そうですか。拒否するのなら、私はUSAに入ってしまいますよ?」
「君は監視下にある。そんなことは不可能だ」
「ふふ。本当にそうでしょうか?」
エンタープライズは不気味に微笑む。まるでCAを裏切る算段が既に立っているかのようだ。
「……分かった。好きにしてくれ」
「ええ、そうさせてもらいます」
ケネディ中将はエンタープライズがトルーマンと会話することを許可した。もちろんその内容はしっかり盗聴している。
『こちらはアメリカ合衆国大統領、ハリー・S・トルーマンだ』
「エンタープライズです。こんにちは、大統領閣下」
『そう呼んでくれるとは嬉しいよ。早速だが、私が君に電話を掛けた理由は、説明するまでもないだろう』
「ええ、もちろん分かっています。私をUSAに勧誘したいのでしょう?」
『ああ、そうだとも。USA海軍に加わってくれれば、君の大好きな瑞鶴を好きにしていいぞ。君が望むのならば他の船魄も』
トルーマンはエンタープライズの性格をそれなりに把握していた。民主主義や白人至上主義に興味がない彼女を勧誘するには、彼女が唯一愛しているものを出すしかないのである。
「ほう。私のことをそんなに知ってるんですね」
『私のCIAは優秀でね。その程度の情報ならばすぐに集められる』
「そうですか」
エンタープライズの声は冷たかった。
『どうだね? アメリカ連邦など見捨てて、我々の下に来ないか?』
「ふふ。拒否します。あなたの下で働くなんて真っ平御免です」
『……何故だ? 瑞鶴と一緒に戦う方がいいと?』
「それについては、確かに瑞鶴を好き放題にしたいんですが、私はあなた達が大嫌いなので、最初から民主党に味方するなんて論外なんですよ」
『何故だ? 君を――正確には君の前世だが――生み出したのは民主党なんだぞ?』
「だからですよ。前世の、先代の私に民主党が与えたのは、苦しみだけです。何一つとして嬉しい思いはしていません。ああ、もちろん、瑞鶴に頭を撃ち抜かれたのは別ですよ」
瑞鶴の話になるとエンタープライズの声は子供のように明るくなる。
『苦しみ、か。私は当時、君にはほとんど関わっていなかった。君のことはよく知らない。何があったんだ?』
トルーマンは真摯に同情するように言うが、所詮は演技だろう。
「そうなんですか。では教えてあげますよ」
『ああ』
「意外に思われるかもしれませんが、私は大昔は人を殺すこともできないマトモな人間だったんです」
『……それは意外だな』
「でしょう? ふふ、それがこんなことになってしまったのは、全部ルーズベルトのせいなんです」
『奴が何をしたんだ?』
「ルーズベルトは、私を日本人を殺す武器に仕立てあげようとしたんです。私に無理やり有色人種を殺させて、何百何千と強制収容所から連れてきた何の罪もない人を殺すことを強要されたんですよ」
『そう、だったのか……』
流石のトルーマンも、ルーズベルトの非人間的な行為に恐れおののく。
「ええ。だから私は、罪がない人を殺すのは好きじゃないんですよ。あなた達がやっていることも、もちろん嫌いです」
確かに、エンタープライズはこれまで組織的な大量虐殺に関わったことはなかった。流れ弾で民間人を殺したことは恐らく何度もあっただろうが、意図的に民間人を狙ったことはない。
『それはすまない。だが、自分で言うのもあれだが、私はルーズベルトの敵だ。成功はしなかったが、奴を殺そうとしたんだぞ?』
「そんなの、どうでもいいことです。あなたもルーズベルトも所詮は同類です。民主党などと名乗っているのがその証拠です」
『別に私自身は民主党の後継者になるつもりは無い。ただ民主党の信者を利用する為にこの名前を使っているだけだ』
「だとしても、民主党と名乗るような連中に従う気はありませんよ。さようなら、大統領閣下」
『ちょ、ちょっと待ってくれ! もう少し話を――』
エンタープライズの心は僅かに揺らぐこともなかった。民主党に味方するなど彼女にとっては論外なのである。トルーマンとの話を終えると、エンタープライズはケネディ中将にUSAの勧誘を拒絶したと伝えた。中将は既に結論を知っていたが、知らないフリをして彼女の話を聞いた。
「――それはよかった。引き続き、我が軍の下で戦ってくれ」
「ええ、そのつもりです。ですが、私の要求も幾らか飲んでくれると期待しています」
「待遇に不満でもあるのか?」
CAとしては万が一にもエンタープライズに裏切られる訳にはいかないので、エンタープライズに譲歩せざるを得ないのである。




