新たな邪悪
一九五七年七月二十六日、アメリカ連邦ニューヨーク州ニューヨーク。
アメリカ戦争において国連軍の核攻撃を受け、ニューヨークは壊滅した。しかしながら、一時的に人間が消えたとしても、都市というのはそう簡単に消えるものではない。ニューヨークの復興は既に始まっていた。あまりにも大量の瓦礫を片付ける作業は終わりが見えないが、ニューヨーク中心部への道は幾つか開かれている。
核攻撃の目標となったアメリカン・インターナショナル・ビルディングは、そのほぼ真上で原子爆弾が炸裂した為、奇跡的に20階部分程度までが原型を留めていた。もちろん外壁が残っているだけで、無事な部分など全くないが。
原子爆弾の威力を伝えるこの遺構は非公式には原爆タワーと呼ばれ、同時にニューヨーク市民に復興の希望を与えるものであった。この塔の残骸は、ニューヨークに残る建物としては最も高いのである。ニューヨークの新たな象徴の一つとなるには、そう時間はかからなかった。
さて、アメリカ連邦のスプルーアンス総督は、このビルの前で演説をしていた。
「――先の戦争においてアメリカが受けた損害は途方もないものでした。物的損害はもちろん軽視すべきではありませんが、百万を超える人々の命が失われたのです。我々は決して、このような過ちを繰り返してはなりません。
我々の軍事力は世界平和の敵を打ち倒す為だけに存在するのです。アメリカは平和の使者として生まれ変わり、人類に貢献し続けなければなりません。それが生き残った者にできる罪滅ぼしなのです。アメリカ合衆国に罪を擦り付けて逃げることは許されません。我々は生きている限り、合衆国の罪に向き合い続けなければならないのです。
世界に平和が訪れることを祈り、そして行動しましょう。我々にはそれができる力がある。アメリカの国力と武力は、他国を侵し人々を殺す為ではなく、人を救う為にこそ使われなければならないのです!」
その演説にはアメリカが平和国家として生まれ変わったと全世界にアピールする政治的な狙いもあったが、スプルーアンス総督の本心も含まれていた。
しかし、その時であった。遠くからヘリコプターのけたたましいローター音が聞こえてきた。総督は一時演説を中断して、すぐさま側近に尋ねる。
「あのヘリコプターはどこのどいつだ?」
「さ、さあ、分かりません……。ここにヘリコプターなどいる筈がないのですが……」
「こ、こちらに近付いてくるようです!」
「嫌な予感がするな……」
スプルーアンス元帥の長年の経験がそう告げた。そのヘリコプターは彼らを攻撃するつもりだと。
「ど、どうされますか?」
「機材が故障したフリでもして、奥に隠れていよう。その間に空軍機を出動させろ」
「はっ!」
総督はそのヘリコプターが彼を殺害しようとしていると考えた。確かにヘリコプターが捨て身の攻撃をしてきたら、反撃できる武器はない。だが同時に、地下壕を吹き飛ばせるような重火器がある筈もない。そう判断し、スプルーアンス総督は暫く身を潜めることにした。
ヘリコプターはあっという間に近寄ってきて、聴衆の真上で不自然に静止した。いきなり現れたヘリコプターに人々は戸惑っているようだが、テレビカメラか何かだと思って警戒などはしていないようだ。
だが、その時だった。突如、人々が叫び喚き、逃げ惑う声が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
「閣下!! ヘリコプターは化学兵器を使っています!! 人を無差別に殺しているんです!!」
「ば、馬鹿なッ! そんな訳が――」
「そ、外に出てきてはダメです!! どんな毒ガスか分かりません!!」
「クッ……何もできんというのか……」
護衛の話によれば、聴衆の一部が頭を撃ち抜かれたかのように突然倒れ始め、その後次々と周囲の人間が倒れていったという。地上は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「空軍の増援が到着します!!」
「ああ。もう遅いがな……」
10分も経たずに到着した戦闘機が直ちにヘリコプターを撃墜した。その真下にあった死体の幾らかを損壊してしまったが、致し方ないというものだろう。
「誰が……一体誰がこんなことを……」
スプルーアンス総督にそれを確かめる術はなかった。だが、その犯人は犯行から1時間も経たずして、全世界に堂々と自らの正体を明かした。あるテレビ局を乗っ取って、全世界に犯行声明をテレビ放送したのである。
『民主の御霊、最聖、民主党全国委員長ハリー・S・トルーマン尊師からのお言葉を、皆さんにお伝えします』
『――私は、民主党全国委員長、ハリー・S・トルーマンです。皆さんにお伝えしなければならないことがあります。著しいカルマが地上に溜まり、ハルマゲドンの日が迫っています。民主主義に帰依する者だけが天に昇り、それ以外の人間は全て永遠の地獄に落ちます。これは真理であり、疑う余地はありません。
我々は当初、全人類を言葉によって民主化するつもりでしたが、独裁者・ファシストの手先の力は強大であり、言論による民主化は不可能だと判断しました。そこで我々は、死による民主化に踏み切ることにしました。民主党員に殺されることで人間の魂は民主化され、救済されるのです。
民主党員がニューヨークで殺した何百人かの人々は、幸運です。彼らの魂は完全に民主化されました。ハルマゲドンの日に確実な救済が待っているのです。
全人類に救済をもたらすまで、民主党は歩みを止めません。心ある人々に呼び掛けます。民主党と共に戦いましょう。全世界を民主主義の光で照らすのです!』