真実を知る時Ⅱ
一九五七年七月二十日、帝国領昭南島、昭南島鎮守府。
かつてシンガポールと呼ばれていたイギリスの植民地であり、マレー半島の先端にある島は、昭南島と改名され日本領になっている。とは言っても帝国は昭南島の内政にはほぼ介入せず、港湾を海軍基地として利用しているだけであった。
昭南島はイギリスが軍事基地として重視していただけあって、東南アジアを牽制するには絶好の土地であった。ここには和泉型三番艦河内が率いる第三艦隊が配置されている。第三艦隊には妙高の妹達、那智・足柄・羽黒がいた。少し前までは妙高もここにいたのだが、第三艦隊の重要性はそれほどでもないということで、撃沈された鈴谷の補充として第五艦隊に送られたのである。
河内は那智・足柄・羽黒を旗艦執務室に呼び出し、敵味方識別装置の真実を伝えた。
「――と、実は君達が殺していたのは、私達の同類だったんだよ。驚いただろう?」
摂津などとは違い、河内に真剣さは見受けられない。寧ろ彼女達を揶揄っているようですらある。
「そ、そう、ですか……」
いつも明るい那智も、こんなことを聞かされては流石に声が重くなる。第一艦隊の空母ほどではないとは言え、彼女達もそれなりの数の船魄を殺してきたのだ。
「姉さん……」
足柄も那智を気遣うように呼び掛ける。羽黒は何も言わず黙り込んでいた。
「第一艦隊は結構大変だったらしいけど、君達は静かで助かるよ」
「河内さん……」
まるで人の心配をする気がない様子の河内に、那智は憤る。しかし、そんなことより気になることがあった。
「そんな大きな嘘を吐いていたなら、妙高ちゃんはどうなってるんですか?」
妙高は行方不明と伝えられているが、それも信用できない。那智は河内に妙高の安否を問うた。
「さあ。私はそんなことは知らないよ。他の艦隊のことは知らないし、カリブ海なんて遠く離れてるじゃないか」
「……本当ですか? 本当は何か知ってるんじゃないんですか?」
「さあね。私は中間管理職なんだ。そんな軍機には触れられないよ」
「和泉型戦艦だって言うのに、ですか?」
日本最強の戦艦たる和泉型戦艦には、船魄とは言えそれなりの権限が与えられている。連合艦隊旗艦和泉の例を見れば明らかであろう。那智は河内の言葉を全く信用できなかった。
「そんなことを言われてもねえ」
「姉さん、これ以上の追求は無意味でしょう。河内さんにも立場というものがあるのです」
羽黒は冷静に那智を止める。
「はは。まさか部下の重巡に心配されるとはね」
「私は無駄な言い争いを嫌うだけです」
「そうかい。まあ、私からは何も言えないけど、いずれ真実が分かる日も来るよ」
「どういう意味ですか?」
那智は河内の意味深な言葉の真意を問うが、当然と言うべきか、河内にはぐらかされた。
妙高型の姉妹達は妙高に会えるかもしれないという期待が頭の大半を占めており、船魄を殺すことへの罪の意識などはそれほど感じなかった。第一艦隊のような混乱は生じなかったが、しかし彼女達は妙高の所在を突き止めると心に決めた。
○
一九五七年七月二十日、ハワイ王国オアフ島、真珠湾警備府。
さて、事の発端となった敵味方識別装置を無力化する装置を開発した夕張は、その嫌疑を掛けられ旗艦の土佐に詰められていた。
「土佐、君がこんな尋問みたいなことをするなんて、珍しいね」
「旗艦の仕事ですから〜仕方ないのですよ〜」
土佐はまるで緊張感のない、気の抜けた声で言う。
「それはお疲れ様だね」
「あ、あの、何で私も呼び出されてるんですか……?」
土佐の執務室(いつもは大鷹が使っているのだが)に呼び出されたのは、夕張と大淀であった。大淀は何故か夕張と共謀したと疑われているのである。
「軍令部から、大淀を取り調べろと言われたので〜」
「そ、そうですか……。私なんて役立たずを適当な理由で処分しようとしてるんですね、きっと……」
「そんなことは別に言われてないですけど〜」
「君は役に立っているよ、大淀。一緒に眼球に硫酸をぶち撒けた仲じゃないか」
大淀の右目を眼帯が覆っているのは、夕張の実験に付き合わされた際に目に劇薬が入ったせいである。夕張が左目を失明しているのも同じ理由だ。
「私のせいで夕張さんの左目が……。はぁ。私は戦場でも後方でも役に立たない……」
「まったく、君はどうしてそこまで悲観的になれるんだ」
「そんなことより〜、お二人の調査を始めていいですか〜?」
「構わないけど、私に何を聞く気なんだい?」
「先日〜、瑞鶴の月虹が、敵味方識別装置を無力化する装置があると宣言しました。それを作ったのはあなたではないかと、軍令部は疑っているんです〜」
「ああ、なるほどね」
「な、何で私がそんなことをしたことに……!?」
大淀は度々夕張の実験を手伝わさせられていたが、この装置には関わっていなかった。だが軍令部の調査では怪しいと思われたようだ。
「まあまあ〜、今は黒と確定した訳ではないですから〜。それに、調査したという口実だけがあればいいんですよ〜」
「土佐、サボろうとしているのかい?」
「面倒臭いですから〜」
「気が合うね。私もとっとと研究室に戻りたいんだ」
「そうですね〜。ですから、名目上のことだけして、とっとと終わりましょう〜」
この尋問は本当に、ほとんど意味のない質問と回答だけで終わってしまった。夕張も大淀もほんの10分くらいで解放されたのである。
「しかし、妙なことだらけだね。土佐は私を無実にしたいみたいだ」
夕張は大淀に話し掛ける。そもそも土佐がわざわざ自分で尋問を行っていたのがおかしい。普段の彼女なら面倒なことは全て大鷹に押し付ける筈なのだ。まるで土佐が調書を誤魔化そうとしているようである。
「えっ……それって……」
「ああ。私が問題の装置を作ったんだ。でも、ふふ、面白いことになってきたね」
「私を巻き込まないでもらえると助かるんですが……」
「これからも実験を手伝ってもらうよ、もちろん」
「えぇ……」
大淀に拒否権はなかった。




