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一先ずの平和

 一九五七年七月十六日、アメリカ連邦フロリダ州ジャクソンヴィル、メイポート補給基地。


 月虹各艦の修理や整備は完了し、万全の状態になった。瑞鶴とツェッペリンは経年劣化などの修理を受け、本来の性能を取り戻した。三隻の重巡洋艦は主砲をアメリカ製のものに全て交換し、戦闘能力を向上させた。大和は多少の整備を行っただけである。


「世話になったわね。私達は海上要塞に戻るわ」


 瑞鶴はケネディ中将へ挨拶しに来ていた。瑞鶴はアメリカの土地に長居するつもりなど初めからなく、必要な整備が終わり次第、アメリカから分捕った海上要塞に戻るつもりである。


「ここを使ってくれても構わないんだが、それでも去るのか?」

「ええ。アメリカにはいたくないの。エンタープライズが近くにいるのも不愉快極まるし」

「そうか。分かった。だが我々の同盟関係には今のところ変わりない。そうだな?」

「今のところはね。まあそれなりの恩はあるから、条件次第だけど、それなりのことはやってあげるわ」


 月虹の方針とは別に、受けた恩はきっちり返すつもりである。まあドイツに匿ってもらっていた頃の恩は全く返せていないのだが、それは仕方がないというものである。


 そういう訳で月虹全艦、瑞鶴・ツェッペリン・妙高・高雄・愛宕そして大和はメイポート補給基地を出港した。


『瑞鶴、16ノットも出していいのか?』


 グラーフ・ツェッペリンが瑞鶴に尋ねる。


「ん? 何か問題?」

『我らの中で一番燃料消費が激しいのは大和であろう。大和の巡航速度に合わせた方がよいのではないか?』

『あ、あの……大和の巡航速度は16ノットですので、大丈夫です……』


 大和は未だにツェッペリンに慣れていないようで、申し訳なさそうな感じに返答した。


『そうなのか? ビスマルクと同じではないか』


 戦艦としては標準的な巡航速度ではあるが、大和のそれはもっと遅いとツェッペリンは勝手に思い込んでいた。


「ええ、日本の造船技術の方がドイツより優れてるに決まってるでしょ」

『何だと!? そんな訳があるか!』

『喧嘩はやめてください、二人とも……。大和が速い理由は、球状艦首のお陰ですよ』

「あー、そう言えばそうね。あるのが当たり前だと思ってたわ」


 球状艦首というのはその名の通り、球状の出っ張りがついた艦首のことだ。これは造波抵抗を打ち消し、艦の高速化や燃費向上に貢献する。これが初めて採用されたのはレキシントン級航空母艦からなのだが、専ら客船での採用が多く、当のアメリカですら軍艦にはまるで採用されていない。


 軍艦に採用されにくい理由は、球状艦首が速度によって効果がなくなったり逆効果になったりするからで、状況によって速度を大幅に変化させる軍艦には向いていないからである。


 しかし帝国海軍ではそれなりの採用例があり、翔鶴型空母より新しい五千トンを超える軍艦は全て採用している。瑞鶴はもちろん、大和もそうである。近場では大鳳もそうであるし、大和の拡大版である和泉型戦艦や原子力空母鳳翔も当然採用している。


 帝国海軍だけがやたらと採用しているのは、艦政本部が幅広い速度帯で効果を発揮する球状艦首を開発したからである。日本だけが軍艦に実用的な球状艦首を開発することに成功したのだ。これは軍機の中でも特に重要とされており、同盟国のソ連を含め他国には一切情報提供していない。


『――つまり結局、日本の造船技術が優れていると言いたいのではないか!』

「客観的にそうなんだから仕方ないじゃない」

『大和はそんなつもりでは……』

「大和は正しいことを言っただけなんだから、何も悪くないわ」

『瑞鶴、貴様……』


 他愛もない会話ができる程度には大和も打ち解けてきたということである。


 これまで戦艦がいなかったので巡航速度でも20ノットは出せていたのだが、大和が加わったことで16ノットで航行することになる。もっとも、フロリダ海峡までの短い距離であれば大した差は出ない。ちょうど24時間程度の航海で、月虹は目的地の海上要塞に帰還した。


「はぁ……。やっと帰って来れたわ。やっぱり自分だけの家があるって最高ね」


 宿舎丸ごとを借りていたとは言え、瑞鶴はやはりアメリカにいること自体が不快であった。


「これもアメリカ人が造ったものだけどね」


 愛宕は皮肉っぽく言った。


「今は私達のものよ。近くにアメリカ人もいないし、快適そのものじゃない」

「あらそう。そういうのは気にしないのね」

「逆に愛宕は気にするの?」

「私は気にしないわ」

「じゃあ何で聞いたのよ」

「あなたなら気にしそうと思っただけよ」


 愛宕から瑞鶴に話し掛けるのは、大きな進歩である。瑞鶴は逆に大和への依存を深めているのだが。


「これが海上要塞。誰にも邪魔されない、私達の家よ」

「凄いですね……。こんなところで暮らせるなんて……」


 大和の身体はすっかり回復し、もう自分で歩けるようになっていた。


「これからもずっと一緒よ、大和。一緒の部屋で暮らしましょう」

「はい、瑞鶴さん。大和はもう離れません。ですが、月虹の皆さんともちゃんと話し合ってくださいね?」

「え、ええ、もちろんよ」


 まるで大和の方が瑞鶴の保護者のようであった。

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