高雄の寄る辺Ⅱ
高雄はその後、食堂に常備してある食材や調理器具を調べた。これまで保存食しか食べていなかったので、保存食以外の食品が全くと言っていいほど用意されていなかったが、そこは長門と交渉して、人間用の食料を持ち込んでもらった。
かくして翌朝。高雄は早朝に起床した。
「高雄ちゃん、もう行くの?」
「はい。皆さんの分の朝ご飯を作るには、早起きしなければなりません」
「じゃあ、私も手伝うよ」
「その必要は――」
「私に頼ってって言ったでしょ、高雄ちゃん? ダメだよ、一人でやろうとしちゃ」
鈴谷はまるで小さな子供を叱るように。
「わ、分かりました。しかし、鈴谷さんは料理ができるのですか?」
「まあちょっとはできるよ。手伝いくらいなら大丈夫大丈夫」
「では、お手伝いお願いします」
「うん、任された」
高雄と鈴谷は食堂に向かい、6人分の調理を始めた。
「あー、もう下準備はできてる感じか」
「はい。一から料理していたら朝は間に合いませんよ」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「明日からは、一緒に作りましょう」
「そうだね。ホントに、何でも言ってよね」
二人は高雄が下準備をしていた食材達の調理を始める。鈴谷の料理の腕は決して詐称ではなく、高雄に指示されたことは全て卒なくこなした。二人共同して2時間ほどで全員分の料理を作り終えることができた。予定通りである。
「じゃあ私、長門に言ってくるから、高雄ちゃんは休んでてね」
「はい。お願いします」
長門は第五艦隊の全艦に招集をかけ、食堂に集めた。高雄と鈴谷は全員に、保存食ではない朝食を提供する。
「おお、これは美味いぞ。お前の料理の腕は素晴らしいな、高雄」
長門は高雄の炊いた米を絶賛する。
「いえ、その辺りを作ったのは鈴谷さんです」
「そうなのか?」
「私は高雄に言われた通りにやっただけだから、高雄が作ったようなものだよ」
「なるほど。二人の共同作業ということでいいではないか」
「共同作業……そう、ですね」
高雄はこれまで、仲間と共同で何かをしたことは、作戦行動中くらいしかなかった。共同作業という言葉は、高雄にとって珍しい響きを持っていた。
「今後ともよろしく頼めるか、高雄?」
「ええ、もちろんです」
「一緒に頑張ろうね、高雄ちゃん」
「はい、鈴谷さん」
こうして高雄の第五艦隊生活が始まった。
○
キューバ戦争が始まっても、暫く海に動きはなかった。アメリカ海軍は基本的にフロリダ海峡でしか活動せず、帝国海軍はそこまで進出する気がなかったからである。
「高雄ちゃん、朝だよ」
「ああ……はい……。おはようございます、鈴谷」
鈴谷がカーテンを開けて高雄を起こす。人に起こされるなど第五艦隊に来るまでの高雄には考えられないことだったが、今ではすっかり鈴谷に頼りきっている。昼間寝ているからなのか、鈴谷は案外朝に強いらしい。
「ふふ。高雄ちゃんもすっかり可愛くなったね」
「もう、何ですか、それ……」
「私を頼りにしてくれて嬉しいってことだよ。さあ、朝御飯作りに行こう」
「ええ、参りましょう」
何気ない一日の始まりである。
だがその日は、珍しく全艦揃っての任務がある日だった。長門が第五艦隊全艦を執務室に招集し、任務を伝える。
「人類の敵アイギスがキューバに上陸作戦を仕掛けようとしていることが判明した。よって我々としては、これを阻止しなければならない。第六艦隊と協力し、敵上陸部隊を壊滅するのだ。最早一刻の猶予もない。全艦直ちに出撃の用意をせよ!」
アメリカ軍がキューバに対し攻勢に出た。これを壊滅させるべく、帝国海軍は行動を起こした。
しかしその結果は――既に知られている通りである。
『あちゃー、これは死ぬねえ』
鈴谷は艦後部に魚雷と爆弾を喰らい、主砲弾薬庫に引火して艦尾を喪失。浸水は止めようもなく、船底が見えるほどに艦首が持ち上がっていた。
「何を言っているのですか、鈴谷!! わたくしが今すぐ助けに――」
『ダメだ、高雄! あれでは、轟沈は、避け得ない……』
長門は消え入りそうな声で。
「だからと言って鈴谷を眺めていろと!?」
『高雄ちゃん、私の為に死ぬ必要はないよ。これからも頑張ってね』
「いや! 待って、鈴谷!!」
艦が傾き無線装置も壊れてしまったのだろう。それ以上の言葉は帰ってこなかった。鈴谷は艦首を海面に直角になるまで持ち上げ、急速に海底に沈んでいった。
「そん、な……」
『全艦撤退せよ! 高雄も動け!』
「もう、そんな必要は――」
『貴様まで死んでどうする! 鈴谷のことを一番覚えているのは貴様だ! その記憶を捨てるな!』
「覚えている……鈴谷の、ことを……」
『ああ、そうだ。鈴谷のことを忘れないでやってくれ。お前はその為に生きろ』
「……はい、長門」
『よろしい。全艦速やかに離脱せよ!』
帝国海軍は鈴谷を失ったが、アメリカ海軍も輸送船を沈められて五千人近い死者を出し、上陸を中止せざるを得なかった。戦略的には日本の勝利であったが、第五艦隊に喜ぶ者はいなかった。