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敵味方識別装置の終わり

 一九五七年一月五日、コスタリカ、プエルト・リモン鎮守府。


 第五艦隊旗艦長門に大本営から電報が届けられた。それは敵味方識別装置を公式に除去するというものであった。


「瑞鶴の要求を受け入れるのか。大本営は一体何を考えているのか」

「瑞鶴に強制的に敵味方識別装置を外されれば、大きな混乱が起こることは必至。致し方なし」


 信濃の言葉は大本営政府連絡会議の見解とほとんど同じであった。


「それはそうだが、どうして月虹にそれが可能だと大本営は確信したのだ」

「我には分からぬ。最悪の場合を回避したと考えれば、それほどおかしな話ではないが」

「まあ、それで筋は通るのだが……」


 異様に早い決断に、長門は何となく違和感を覚えていた。確固たる根拠など全くないが、しかし何かが妙だと直感的に確信していた。


「長門は、大本営に何か別の思惑があると?」

「そうかもしれんし、大本営以外に別の思惑があるのかもしれん」

「……何を言いたいのか分からない」

「ああ、すまない。気にしないでくれ。ただ何か妙な感じがしたというだけだ」

「分かった。しかし、己が直感は大切にするべき」

「そうか。まあ、この話は後だ。我々の仕事に取り掛かろう。正確には私の仕事だが」


 長門に与えられた任務は、敵味方識別装置について麾下の船魄全員に説明することであった。本来なら第五艦隊で敵味方識別装置を知っているのは長門と陸奥だけということになっている。しかし知っての通り、第五艦隊は敵味方識別装置を知らない船魄の方が少ない。


「我は知らないフリをした方がよいのか?」

「人間が関わる時は、そうした方が無難だろうな。だがここでは、特に気にすることはない」

「では引き続き長門の補佐を務めよう」

「ああ、頼む。我が艦隊で敵味方識別装置を知らないのは、大鳳・瑞牆・綾波・天津風・秋月と言ったところか。まあ大鳳と瑞牆はよく分からないが」

「大鳳は、我が敵味方識別装置について説明しているが、装置を無効化した訳ではない」

「取り敢えず二人を呼び出そう」


 信濃は大鳳と瑞牆を長門の執務室に呼び出した。二人はすぐに出頭した。そして長門は、敵味方識別装置について今一度説明を行った。


「あ、はい……。信濃さんに教えていただいたので、知ってます……」

「ボクは当然知っているよ。今更そんな説明は要らないよ」


 両名とも説明の必要はなかったようだ。


「瑞牆、お前はどうして知っている? 皇道派の連中に教えられたのか?」

「ああ、そうだよ。皇道派は船魄を騙して戦わせるような卑劣なやり方に反対なんだ」

「……そうか。お前は敵味方識別装置など関係なさそうだな。大鳳は、敵味方識別装置を解除してもいいか?」

「解除して、何か悪いことがあるんですか……?」

「敵が本来の姿に見えるようになる。精神的な負担になるかもしれん」

「もう敵がアメリカって知ってますし……関係ないのでは……」

「そうか。お前は強いな」


 という訳で、大鳳と瑞牆の敵味方識別装置は解除されるが、特に影響はないだろう。


 続いて長門は、名目上の説明責任を果たすべく、涼月と峯風を呼び出して、敵味方識別装置について改めて説明した。二人とも既にアメリカの船魄を殺すことを受け入れていたので、特に問題はなさそうであった。


 その後が問題である。本当に敵味方識別装置を知らない船魄に説明を行わなければならないのだ。残るは綾波・天津風・秋月である。長門はこの駆逐艦三隻を呼び出して、混乱させないようゆっくりと説明を行った。説明を終えると、やはりどんよりとした空気が執務室を満たした。


「例え船魄であろうとも、アメリカ人を殺すことに迷いなどなし。驚きはしたが、帝国政府のやり方も理解はできる」


 長門にとって一番有難い返事をしてくれたのは綾波である。綾波は船魄をあくまでアメリカ人とみなし、殺すことに躊躇はなかった。妙高とは対極的な考え方である。


「天津風、お前はどう思った?」


 左半分が黒で右半分が白という癖の強い髪色をしたこの少女が天津風である。いつも無表情で感情というものが窺えない。


「騙されていたとは不愉快……だが受け入れるしかあるまい。それよりも、雪風姉様はここにいないが、姉様は知っていたのか?」

「ああ。雪風は知っている」

「何故?」

「さあ、私も知らん。どこかの組織と裏で繋がっているようだが」

「私は雪風姉様について行く。それだけ」

「分かった。秋月はどうだ?」


 茶色い髪と目を持つ秋月型一番艦の秋月は、いつも不快そうな表情を浮かべているので、これはこれで感情が読めない。


「そうね……。私は防空駆逐艦だし敵の艦を沈めるのは仕事じゃないから、別に大して気にしてないわ。騙されてたのは、天津風と同じく不愉快極まるけど」

「確かに、それもそうか」


 秋月型は船魄を殺すこととはほとんど無縁である。艦載機を落としても船魄は死なないし、人間が操縦する機体であれば乗っているのはアメリカ人なので全く問題ない。


「流石は第一艦隊の駆逐艦だな。強い心を持っている。私は安心したぞ」


 少なくとも第五艦隊においては、敵味方識別装置を解除することに伴う混乱は特に生じなさそうである。

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