月虹の今後に関する会議
「一通り皆さんの意見を頂きましたが……まずは妙高に具体的な計画を聞きたいかと思います」
「具体的な計画? って言うと……」
「妙高の当面の目的は敵味方識別装置を外させるということでしたが、具体的な手段は考えていますか?」
「そ、それは……特に考えてないけど……」
「厳しいことを言いますが、それでは瑞鶴さんと話し合いにもなりません」
「そ、そうだよね……」
瑞鶴の計画はアメリカに引き籠って日本やドイツの干渉を防ごうという単純明快なものである。瑞鶴の方が余程現実的な計画を持っていると言えるだろう。
「あ、それなら、一つ提案があるわよ」
瑞鶴は言う。
「何でしょうか?」
「結構前だけど、夕張から敵味方識別装置を解除する装置をもらったのよ」
「そ、そんなものがあるんですか!?」
妙高は突然降ってきた都合のいい道具に食い尽くが、妙高が思っているほど都合のいいものではない。
「ええ。但し、使うには相手の艦内に乗り込んで、艦側の制御装置に直接接続する必要があるわ。普通に考えたら無理ね」
「そ、そう、ですか……」
敵対している相手の艦に乗り込むなど自殺行為にも程がある。降伏させた敵艦に乗り込むか、或いは内通者がいないとまず不可能であろう。妙高が高雄に乗り込んだ時は陸奥が実質的に内通者のような働きをしたからよかったものの、そうでなければ撃沈されていた可能性が高い。
しかし、そこで高雄が更に提案を重ねる。
「司会という身で意見を言うのは好ましくないとは思いますが、それを材料として帝国と交渉するのは如何でしょうか? その実際の性能は伏せたまま、敵味方識別装置を解除する方法があると宣伝すれば、或いは交渉に応じてくれるかもしれません」
「どうして日本が交渉に応じるのだ?」
ツェッペリンは高雄の言いたいことがよく分かっていない様子。
「もしもわたくし達が強制的に敵味方識別装置を解除した場合、その船魄はこれまでずっと騙されていたと思うことでしょう。わたくしもそうですが。そして帝国政府も、そうなると思う筈。大規模な反乱が起こる可能性すらあると大本営は考えるでしょう」
「つまり……そうなる前に日本は自ら敵味方識別装置を解除するかもしれないということか?」
「ええ。そう期待できます。嫌な話ではありますが、反乱への備えをしながら敵味方識別装置を解除すれば、問題は最小に抑えられます」
「反乱への備えとは?」
「頭に銃を突きつけとけばいいってことでしょう、お姉ちゃん?」
「え、ええ、愛宕の言う通りです」
「なるほど。確かに筋は通っておるな」
司会でありながら意見を出すのはよくないと思いつつ、ここまで言ってしまったからには棄却するのも勿体なく、高雄は取り敢えずこの件について議論を促すことにした。
「そんなことしたら、交渉する前に帝国海軍が攻め込んでくるんじゃない?」
瑞鶴は言う。
「先手を打ってくる可能性はありますが、アメリカ領内を直接攻撃してくる可能性は低いかと。それに、敵味方識別装置を無力化する装置を恐れ、迂闊な行動には出ないと思われます」
「じゃあ、解除装置の性能が帝国に知れてたら、色々破綻するとは思わない?」
「確かにその場合は破綻しますね。実際のところ、帝国政府には知られているのでしょうか? 何かご存知ですか、瑞鶴さん?」
「さあね。装置自体は夕張が勝手に作ったみたいだけど。でも夕張の性格からして、面白がって私達だけに情報を出してる気がするわ」
特に確証はないが、夕張なら瑞鶴にだけ解除装置の情報を与えていたとしても何ら不思議はない。夕張には情勢を掻き乱すこと自体を楽しんでいるかのような節がある。
「いずれにせよ、この解除装置の情報を公開して帝国の反応を見れば、帝国がどれほど情報を掴んでいるかわかるかと」
「それはそうね。反応が悪かったら何もしなければ、私達に害はないわ」
「妙高は結構いい作戦だと思うよ。やってみようよ!」
妙高は軽く提案するが、高雄はあくまで慎重である。
「その前に、わたくし達に不利益が出ないか、慎重に検討するべきでしょう」
「あ、そ、そうだね」
「もっとも、そうは言っても、瑞鶴さんの仰る通り、失敗したとしてもわたくし達に害がある可能性は低いと思われますが」
「なればよいではないか。まだ世界情勢が落ち着かぬ今のうちに、とっとと事を起こそうではないか」
「まあ……兵は拙速を尊ぶと言いますし……」
成功すれば口先だけで妙高の目的を達せられるし、失敗しても何も起こらないだけである。高雄は早々に作戦を始めた方がいい気がしてきた。
「て言うか、アメリカには何も言わなくていいの?」
愛宕は突然思いついたかのように言う。
「作戦を実行するとなれば、アメリカ軍に了承を得るべきでしょう。わたくし達が勝手に行動するのは、アメリカと無用な軋轢を生むだけです」
「じゃあとっととアメリカに確認を取りましょう?」
「それはいいですが……いえ、話題が随分逸れてしまいました」
この会議の本題は月虹が今後どう動くかの方針決めであって、個別の作戦についてではなかった筈である。
「まあいいでしょ。取り柄えず今の作戦をやってみて、無理ならまた会議すればいいのよ」
という瑞鶴の鶴の一声で、月虹は二つ以上のことを同時に考えないことに決めた。そして作戦名はツェッペリンの提案でIK作戦ということになった。