エンタープライズの説得Ⅱ
「さて、次の手はどうしましょうか……」
エンタープライズは不気味に微笑みながら呟く。何を考えているにせよロクなことではないだろう。
「お前の考えなど失敗する気しかせんぞ」
「そうですか? では他に何か案を出してくださいよ」
「そ、それは、特にないが……」
唐突に正論をぶつけられ、ツェッペリンは何も言い返せなかった。瑞鶴には今後とも月虹を率いてもらわなければ困るので、禍根が残る手段は採れない。瑞鶴を傷付けずに部屋から引っ張り出すというのは、相当に難題である。
「では、私が憎まれ役を買いますから、強硬手段に訴えればいいのでは?」
「わたくし達の問題だというのに、流石にそれは悪いかと……」
「ふふ。お優しいですね、高雄さん。しかしこれは私が私の為にやっていることですから、気にしないでいいですよ」
「しかし強硬手段とは具体的にどうするのだ? 瑞鶴の部屋に突入して引きずり出すのか?」
「そんなことをしたら瑞鶴に撃ち殺されてしまいます」
部屋の前で話しているだけで射殺されそうになったので、エンタープライズが部屋に入ったりしたら即座に撃ち殺されることは間違いない。
「まあ、瑞鶴に殺されるのならば悪くはありません。本当は愛し合いたいところですが、無理なら仕方ありません」
「何を言っているのだ、お前は」
「もうちょっと手段を工夫する必要がありそうですね……」
妙高は少しばかり楽しそうに考えを巡らせている。
「こう……思わず部屋から出てしまうみたいな……。高雄、何かそういう話あったよね?」
「ええと、天岩戸とかの話ですか?」
「そうそう、それそれ。話の内容は覚えてないけど」
「もう、しっかりしてください、妙高。今時は国民学校生でも知っていますよ。ねえ?」
当然知っているだろうという期待を込めて、高雄は愛宕に問い掛ける。が、愛宕はすっかり予想外と言った様子。
「えっ、私知らないんだけど」
「我は当然知らんぞ」
「私も知りませんよ?」
「ツェッペリンさんとエンタープライズさんはいいですが……愛宕はしっかりしてください。高雄型姉妹の恥ですよ」
「私はお姉ちゃん以外興味ないからね」
「それで、どんな話だっけ?」
「はぁ。説明します」
自分以外誰も天岩戸の神話を知らないことに衝撃を受けつつ、高雄はざっくりと物語を説明する。
「細かいところは省きますが、天照大御神が素戔嗚尊の狼藉に怒って天岩戸という洞窟に引き籠ったのが始まりです。そのせいで世界は闇に包まれ、困った神々は天照大御神を洞窟から出す方法を考え、洞窟の前で楽しそうに宴を開くことにしました。そして興味を持った天照大御神が顔を出すと、大御神より美しい神が現れたのだと言って、岩戸の前に鏡を置いたのです。鏡に映った自分の姿を見て、自分より美しい神だと思った天照大御神か岩戸から出てきたところで、ある神が引っ張り出したそうです」
「へえ、面白い神話ですね。瑞鶴ほど美しい船魄はいないのですから、同じ手を使えば出てくるのでは?」
「お前は何を言っているのだ」
「お二人共、真面目にやってくださいよ……」
真面目に話しているとは思えないエンタープライズとツェッペリンに、妙高は苦言を呈す。
「わ、我は真面目にやっていると思うのだが」
「私も真面目に考えていますよ」
「お前は絶対真面目に考えていないだろうが」
「仕方ないですね。では……瑞鶴の部屋に毒ガスでも流せば出てくるのでは?」
「エンタープライズさん!?」
高雄は思わず大声を上げた。
「大丈夫ですよ。無毒で匂いだけあるガスを流せばいいんです」
「そ、それならまあ、よろしいかもしれませんが……」
「私がやったことにすればいいのです。さっきも言った通り、私の心配は不要ですよ、高雄さん」
「そ、それは……」
実害はないし、瑞鶴は確実に部屋から出てくる。エンタープライズが死ぬほど憎まれるという欠点があるが、それ以外は悪くない作戦である。
「では、実行しちゃいましょう。思い付いたらさっさと実行に移した方がいいのです。構いませんよね?」
何故かノリノリのエンタープライズの勢いに押され、月虹の船魄達は取り敢えずやらせてみることにした。
○
エンタープライズは当然のように宿舎の空調システムを把握しており、どこから持ってきたのか分からないガスボンベをエアコンに繋いで、瑞鶴の部屋に「無害なガス」を流し込み始めた。エンタープライズがその気になれば臭いのしない毒ガスで月虹を皆殺しにできるのではないかと、誰もが恐ろしくなった。
エンタープライズが作戦を開始してから数分。瑞鶴は車椅子の大和を連れて部屋から飛び出してきた。
「エンタープライズの仕業に違いない……。今度こそ頭をぶち抜かないといけないみたいね……」
「大和は怪我もしていないですから、そんなことはやめてください……」
「エンタープライズに情状酌量の余地があればね。でもどうしましょう。部屋には入れないし……」
この期に及んでも、瑞鶴は大和と二人きりでいれる方法を探していた。
「瑞鶴さん、そろそろ他の皆さんとお話するべきです。いつまでもこんな状態ではいけませんよ……」
大和は申し訳そうな、泣き出しそうな声で言った。瑞鶴も内心では、いつまでも部屋に引き籠っていられないと分かっていた。