引き籠る瑞鶴
諸々の妨害を跳ね除け、月虹はようやく安全を確保した。大和はまもなくメイポート補給基地に到着し、大和を管理していた有賀中将らはここで任を解かれ、帝国本土に帰投することとなった。
そんな有賀中将に最後の挨拶をするべく現れたのは、瑞鶴以外の月虹の面々であった。
「瑞鶴は、どうしたのかな?」
有賀中将が問うと、高雄が答える。
「瑞鶴は大和と共に自室に引き籠っています。中将閣下には大変お世話になっているにも拘わらず、このような挨拶になること、瑞鶴に代わってお詫び申し上げます」
「そう堅くならなくても構わないよ。失礼ながら、瑞鶴が引き籠っている理由は何なのか、聞いてもいいかな?」
「それは……瑞鶴さんがお話にならないので何とも……」
「そうか。まあ、瑞鶴と大和が健在ならばそれで構わない。君達も達者でな」
結局瑞鶴も大和も別れの挨拶をせず、有賀中将達は去ってしまった。大和の艦体は月虹の他の艦と同様乾ドックに入れられ整備を受けることになったが、この戦争通じて大和はずっと安全地帯にいたので損傷もなく、一番早くドックを出られることだろう。
しかしそんなことは月虹の船魄達にとって大した問題ではなかった。瑞鶴が引き籠ってほとんど部屋から出てこなくなってしまったことが、彼女達にとって最大の問題であった。
瑞鶴と大和を除く船魄、妙高・高雄・愛宕・ツェッペリンは集まって、瑞鶴の件について会議を開いた。
「――要するに、大和を独占して一生愛でてたいってことでしょ?」
開始早々、愛宕はそう言い切った。
「愛宕さん……。間違ってないとは思いますが、言い方というものが……」
妙高は愛宕の刺々しい物言いに苦言を呈するが、愛宕は全く気に留めない。
「別に本人はいないんだからいいじゃない」
「ま、まあ、そうですが。ツェッペリンさん、瑞鶴さんは大和さんのことを、そんなに大事に思ってるんですか?」
「我も大和の話はそう多く聞いておらぬが、そもそも奴が日本海軍やドイツ海軍を敵に回したのは大和の為だ。並々ならぬ想い入れがあることは、間違いないであろうな」
「へえ。私のお姉ちゃんへの愛の方が勝ると思うけどね」
「愛宕はまたそんなことを言って……」
「私は愛し方に節操があるからいいじゃない」
「それはそうですが……まあいいとしましょう」
高雄に怒られて一時は意気消沈していた愛宕であるが、ここ一ヶ月ですっかり平生の様子に戻っていた。高雄と愛宕と妙高は真面目に話し合い、高雄が一晩交代で愛宕と妙高の部屋で寝るということで決着を得たのである。高雄の一人で寝る権利が甚だ侵害されていることについては、最早諦めるしかないようであるが。
「で、どうするのだ? 瑞鶴の奴、飯を取りに出てきたところを捕まえても、マトモに取り合おうともせんぞ」
「ですよね……。流石にこの状況は、よくないです……」
妙高は悩む。月虹という組織は、組織と呼べる程の規模でもないとは言え、瑞鶴なしでは回らない。ずっとこの調子だと空中分解しかねないだろう。
「同情してないで対応策を考えなさいよ」
「ちょっと愛宕……」
「大丈夫だよ、高雄。妙高も、ちゃんと考えないといけないから。高雄も何か考えがあったら教えて欲しいな」
「え、ええ、もちろんです」
「て言うか、そもそも大和ってどんな子なの?」
愛宕は疑問を発する。瑞鶴は大和が目覚めてからずっと部屋に閉じ込めており、月虹の誰も大和と会ったことがないのである。
「実は、妙高は大和さんの姿だけは見たことがあります。昏睡状態という奴だったので、お話はしていませんが」
と言って妙高は、取り敢えず大和の容姿については教えることにした。とは言っても、見た目の情報が追加されたところで、この状況を改善する糸口にはなりそうもない。
「ツェッペリンさんは何かご存知ないのですか?」
高雄はツェッペリンに尋ねるが、ツェッペリンはすぐさま首を横に振る。
「我は知らんぞ。見たこともない」
「左様ですか……」
「こうなったら、瑞鶴を無理やり引きずり出して話をするしかないんじゃないの?」
「それは確かに、今は話にも応じてくれないですから、ありかもしれません……」
「あら、そう?」
「妙高の言う通りであろう。まずは瑞鶴を引きずり出さんのことには何もできまい」
瑞鶴をどう説得するか考えたところで、瑞鶴が話に応じてくれないのなら意味がない。瑞鶴を引きずり出すが先決というのが、高雄はあまり乗り気ではなかったが、彼女達の総意となった。
一行はまずは特に作戦を立てず、瑞鶴に出てくるよう呼び掛けることにした。
「おい瑞鶴! いい加減部屋から出てこい!」
ツェッペリンが扉を叩きつけながら言うが、返答は酷く冷淡なものであった。
「食事を取りに行く時は出ていくわよ。煩いからあっち行って」
「な、何だと貴様!」
「とっとと失せなさい」
「んなっ……」
妙高と高雄が呼び掛けても同じような反応であり、瑞鶴の意志はやはり筋金入りのようである。普通に言うだけでは出てこなさそうだ。