第五艦隊再集結
一九五六年十月二十六日、ドイツ国大ベルリン大管区ベルリン、ミッテ区、新総統官邸。
その日、国防軍最高司令部では、アメリカが勝手に月虹と同盟を結んだらしいという件が話題に上がった。
「アメリカが勝手に同盟を組むなど許していいんでしょうか、大統領閣下?」
陸軍参謀総長のグデーリアン元帥はゲッベルス大統領に問う。
「別に我が国がアメリカ軍を管理している訳じゃないだろう。アメリカが何をやろうとアメリカの勝手だ」
「確かにアメリカ軍については手を出さないという話になっていましたが、常識的に考えて、これは許すべきではないのでは?」
アメリカ連邦は未だ国連軍の占領統治下である。幾らアメリカ軍については口出ししないとロンメル元帥が言っているとは言え、事前に国連軍に通告するのが筋というものだろう。
「明文化された条約以外は、文句を言う根拠にならないよ」
「……まあいいでしょう。では実利の問題です。アメリカが勝手に力を付けるのは、好ましくないのでは?」
「ほんの10隻にも満たない旧式艦の艦隊が、それほど脅威なのか?」
「これまで彼女達がしてきたことを考えれば十分に脅威だと思いますが、どうなんでしょうか、デーニッツ国家元帥閣下?」
「それなりの脅威ではあります。我が軍のインド洋艦隊と同程度かと。それに、アメリカに靡くとなると、マトモな船魄がいないアメリカ軍にとっては大いに助けとなるでしょう」
「なるほど。これほど強力な戦力を、アメリカに渡していいものでしょうか?」
グデーリアン元帥は再び大統領に問う。
「アメリカが強くなってくれるのはいいことだ。アメリカと我が国は同盟関係なんだからね」
「アメリカが裏切る可能性はないと?」
「裏切ってどうなると? アメリカ単独ではソ連にすら勝てない。ドイツとアメリカは同盟し続けなければいけないんだ」
結局のところ、勢力均衡を保つ為にドイツとアメリカは同盟する他にない。そうでなければ強大な日ソ枢軸に世界の覇権を握られるだけだろう。戦争の一つや二つがあったところでこの構造に変化はないのだ。
「それはいいとしましょう。しかし、日本の艦艇はともかく、グラーフ・ツェッペリンは返還を要求するべきなのでは? まあ陸軍の私が言うのも妙な話ですが」
ドイツとアメリカが同盟関係だと言うならそれくらいの義理は果たすべきだと、グデーリアン元帥は主張する。それに回答するのはデーニッツ国家元帥である。
「グラーフ・ツェッペリンを無理やり引き戻したとて、やる気を出してはくれないでしょう。今程の活躍は見込ませんかと」
「やる気? 軍人にそんなものを考慮しろと?」
「船魄は軍人ではありませんし、替えも効きません。ツェッペリンが自ら進んで戦ってくれるというのなら、アメリカに管理させておいた方が余程よいでしょう」
アメリカの為にツェッペリンが戦うのなら、それはドイツに力を貸してくれるも同じだ。であるのなら、現状維持がドイツにとって最適である。デーニッツ国家元帥はそう判断していた。
「だそうだ、グデーリアン元帥。僕も現状維持がいいと思う」
「我が大統領がそう仰るのなら、これ以上は言いませんよ」
グデーリアン元帥は若干の不満を残した。
○
一九五六年十一月二日、コスタリカ、プエルト・リモン鎮守府。
アメリカ戦争では主にメキシコの援護を任され、信濃や大鳳などが太平洋に置き去りにされたせいで大した活躍を見せられなかった第五艦隊であるが、ようやく太平洋から信濃達が戻ってきた。南米大陸を一周してカリブ海に戻ってきたのである。
信濃・大鳳・涼月・峯風の四隻が鎮守府に帰還した。長門ら居残り組は総出で彼女達を出迎えた。
「信濃! 無事だったか? 怪我はないか?」
信濃の姿を認めると、長門は真っ先に詰め寄った。信濃は呆れた目をして応える。
「長門……旗艦としての威厳がまるでない」
「そ、そうか? いや、そんなことはどうでもいいんだ。無事か?」
「我は無事だ。他の艦も、特に損傷はない」
「そうか……よかった……」
信濃の無事を確かめると、長門は他の艦にも話し掛ける。
「ど、どうも、長門さん……」
「大鳳、お前は第二艦隊に戻らなかったのか? もう戦争は終わったというのに」
「暫くはカリブ海の情勢も安定しないだろう、ということで、和泉さんにこっちに送り込まれることになりました……。よ、よろしくお願いします……」
「うむ。よろしく頼む」
大鳳は引き続き第五艦隊に所属するようである。やはり装甲空母は紛争地域に都合がいいらしい。長門は次に峯風に声を掛ける。峯風の後ろには涼月が隠れるようついて回っていた。
「峯風、大事ないか?」
「何回か死にかけたが、特に傷はない。無傷で帰ってきたぞ」
「何? 危険な任務を任されたのか?」
「北太平洋海戦で、敵の軽巡洋艦に肉薄して雷撃させられた」
「そんなことを? 後で和泉には文句を言っておかねばな」
「別に大丈夫だ。島風型を舐めるなよ」
「お前は強いな。涼月はどうだ?」
「わ、私は、何も問題ない、です。特に危険な任務もしていないので」
「涼月に危険なことなんてさせる訳ないだろ」
「まあ秋月型だからな。何はともあれ、皆無事で本当によかった」
長門は第五艦隊から誰も欠けなかったことを心から安堵した。