マダガスカル危機Ⅱ
「あ、ありがとう、峯風。私の為に……」
『あ、当たり前だよ! 涼月を傷付ける奴は許さない』
戦闘が終息し静寂が戻ってくるが、しかしすぐさま新手が現れた。
『あれは……モルトケ級戦艦だね』
「46cm砲のモルトケ級、ですか……?」
『多分ね。流石にあれの相手するのは無理だなあ……』
ドイツがつい最近竣工させたばかりのモルトケ級戦艦が姿を現したのである。今の帝国海軍でモルトケに対抗できる戦艦は和泉だけだが、和泉は内地にいる。こんな補助艦だけの部隊ではとても相手にならないので、鈴谷は早々に撤退することを決定した。
「だ、大丈夫なんですか、鈴谷さん……? 任務は失敗になりますけど……」
『大丈夫大丈夫。モルトケ級にも対抗できる援軍が来たからね』
「どなたですか……?」
『信濃と蒼龍と飛龍だよ。これだけいれば、多分大丈夫』
信濃は大東亜戦争を切り抜けた空母としては最大のものである。蒼龍と飛龍はそれなりの能力を持ち建造が比較的楽なので、赤城や加賀に優先して再建造された。と言うのも、赤城や加賀は改造空母であり、再建造するにはわざわざ巡洋戦艦や戦艦に準じた艦体から作り直す必要があるから、無駄に時間が掛かるのである。
○
ドイツが完成させた初の大和級戦艦たるモルトケは48cm砲8門を搭載し、全長282mにして基準排水量72,000tと、大和よりかなり大柄の船体を持つ。船体が大きくなるのはドイツの造船技術の不足故であるが、一方で船体に余裕があるのも確かであり、多数の高角砲と機銃を装備して強力な対空戦闘能力を誇っている。
「ボクのせっかくの初任務がこんな小競り合いとは……。残念だ」
モルトケは心底残念そうに溜息を吐いた。日本海軍同様ドイツ海軍でも軍艦の無人化はかなり進んでおり、艦内は基本的に船魄しかいないのだが、今回は政治的な判断が必要になるかもしれないということで、デーニッツ元帥が同乗していた。
「君の威容で戦わずして敵を撤退させることができたのだ。寧ろ誇りに思うべきだろう」
「せっかくの48cm砲を使いたかったんだけど……。まあ、そういうことにしておこう。ボクは政治的な駆け引きとかはよく分からない」
「政治など気にするな。ただ任務を遂行するのが軍人のあるべき姿だ」
日本海軍が派遣していた重巡洋艦などでは、全くもってモルトケの相手にはならない。モルトケは今、マダガスカル近海の覇者のようであった。しかしそのモルトケに挑戦者が現れる。
「ん? どうやら日本軍の艦載機が接近してきているみたいだ」
モルトケのレーダーが敵機を捕捉した。
「何? 日本が空母を投入してきたと?」
「こんなところに艦載機がいるんだから、それしか考えられないんじゃないか?」
「その通りだな。困ったことになった……」
ドイツ軍は現状、稼働している空母が一隻もない。グラーフ・ツェッペリンに頼って空母を新規に建造していなかったツケである。ペーター・シュトラッサーだけは脱走したツェッペリンの代艦として建造中ではあるが。
日本海軍航空隊に対し、アフリカに駐屯しているドイツ空軍が迎撃に出たが、一瞬にして蹴散らされた。しかも死者はほんの数名に留まった。日本軍がパイロットを殺さないよう上手く墜落させたからである。制空権は完全に日本軍のものになった。
「我が軍に空母は存在しない。高角砲で迎え撃つんだ」
「おお、戦っていいのかい?」
「既に我々は戦闘状態に突入している。もちろんだ」
「了解。まあ主砲を使えないのは残念ではあるけど」
日本軍はおよそ150機の艦載機でモルトケを襲撃する。モルトケはまず10.5cm高角砲40門で迎撃し20機ばかり撃墜するが、艦の直上にまで詰め寄られてしまう。
モルトケは機銃で応戦するが、日本軍も次々と爆弾と魚雷を投下してきた。並の航空爆弾でモルトケの甲板装甲を貫通するのは不可能だが、高角砲や機銃は簡単に破壊されてしまう。たちまちモルトケの上甲板は火の海と言った有様になる。
「リボルバーカノーネを使いたいんだけど、ダメかい?」
ドイツ軍の秘密兵器たるリボルバーカノーネは、既に完備されている。しかしその性能を知られることを恐れて、特別の命令がない限り使わないようモルトケは厳命されていた。
「確かに、リボルバーカノーネを使わないと状況を打開するのは難しいが……。こんなところで使って、日本軍に性能を知られる訳にはいかない」
「じゃあどうする? この調子だと沈むかもしれないよ」
「空母を用意していなかった海軍の落ち度だ。この場は切り抜けられても、長期的にはどうにもならない。撤退しよう」
「分かった。政治的な判断は知らないけど、戦術的にも勝ち目はなさそうだからね」
空母がないことによる戦術上の不利は、国防軍最高司令部の予想以上であった。モルトケは本国に引き返した。
かくしてマダガスカル危機は、ドイツ軍が弾道ミサイル運搬を断念するという形で幕を閉じた。同時にドイツは空母の必要性を強く認識し、空母の建造を大急ぎで進めることとなる。




