月虹とアメリカⅡ
「ちょっと相談するから、待ってて」
『ええ。幾らでも待ちますよ』
通信は一旦切って、瑞鶴は月虹の面々を自身の艦内に集めて会議を開いた。エンタープライズから言われた条件を伝える他、この状況に至っては大和の真実について伝えざるを得なかった。
「何だお前、そんなものを隠していたのか」
グラーフ・ツェッペリンは馬鹿にするように。瑞鶴と一番長い付き合いのあるツェッペリンも、大和については全く知らなかった。まあ知っていたところで何をしたということもないだろうが。
「ええ、隠してたわ。いつか大和を目覚めさせる為にね」
「それが叶うかもしれないということか」
「ええ。でもこれは私の個人的な問題だし、気にする必要はないわ。何ていうか、私達の組織としての利益を考えて欲しい」
大和を蘇らせる技術は喉から手が出る程欲しいが、しかしその為に月虹の仲間に不利益を与えるべきではないという良識はある。そう言うと、意外にもその言葉に反対する意見が飛んでくる。
「瑞鶴さんは10年も大和さんを目覚めさせたかったんですよね? それを簡単に諦めちゃダメです!」
と言うのは妙高である。妙高は大和について一足先に知っていたので、瑞鶴の気持ちはよく分かっているつもりだ。
「もちろん私も、できるなら大和を起こしたいけど、今の皆のこともそれなりに大事なのよ。もしも皆に何かあったら……」
瑞鶴の言葉にはまるで覇気がなかった。大和については現状を維持すれば別の機会があるかもしれないのに対し、万一にも月虹の僚艦が失われれば取り返しがつかない。
「そ、それは……」
「アメリカには技術だけ提供させれば問題ないのではないか? エンタープライズもそういうつもりのようであるしな」
ツェッペリンは言う。エンタープライズは瑞鶴が信用してくれないのを最初から見越して、そういう条件を付けていた。
「そうは言うけど、整備も補給もどうしてもアメリカ人を艦内に入れないといけないし、そいつらが悪意を持ってたらどうするのよ。まあ私は敵意があるかどうか分かるけど」
「え、何それ、初耳なんだけど?」
愛宕が鋭く問い掛ける。瑞鶴の特殊能力的なもの――集団の思考を読み取る能力について、高雄と愛宕は知らされていなかった。仕方ないので瑞鶴は二人に能力を説明した。
「その能力というもので、瑞鶴さんに乗り込んでくる者に限らず、アメリカ軍の意図を確認できないのでしょうか?」
高雄は問う。
「範囲が狭いのよ。少し離れただけで分からなかなる」
「具体的にはどのくらいなのですか?」
「計測したことなんてないけど、周辺500mくらいだと思うわ。修理とかで離れたらもう無理よ」
「じゃあずっと一緒にいればいいじゃない」
再び愛宕が提案する。
「まあ、それはそうかもしれないけど、アメリカ人にこの力は知られたくないし、そうなると不自然に思われるかもしれないわ」
アメリカ軍を警戒して離れたくないというのは自然な話だが、同じ港湾なのに全艦が500m以内にいたいというのは不自然な話だ。
「では、キューバの皆さんに常に乗り込んでもらうのはどうでしょうか!」
妙高はこの案に自信があった。キューバ軍に警護してもらえば、仮にアメリカ軍に害意があったとしても、艦内の白兵戦で負ける訳がない。瑞鶴もそれには納得する。
「確かに、それで問題なさそうね……。アメリカ人には武器を持たせなければ……うん、いけそう」
「武器を持たせなければ? 拳銃くらいなら隠して持ち込めるでしょ?」
「こっちは突撃銃持ってるんだから、拳銃くらいじゃ太刀打ちできないでしょ」
「そう。まあいいわ」
特にこの案で問題なさそうということで、瑞鶴はキューバ軍に連絡を取った。戦争は終わり、キューバ軍は月虹と共に行動している訳ではないが、すぐにチェ・ゲバラと連絡を付けることができた。
「――そういう訳で、何百人か兵士を分けて欲しいんだけど、いける?」
『ああ、もちろん大丈夫だ。君達はキューバを救ってくれた英雄なんだから、その程度の協力は幾らでもさせてもらうよ』
「あ、そう。ありがとう」
キューバ軍からすんなりと承認を得ることができ、瑞鶴はエンタープライズとの交渉に戻った。
「――あんたの言ってた通り、私達はアメリカ軍には加わらない。あくまで同盟関係。アメリカは私達に補給と整備を提供して……大和を蘇らせることに協力すること。それと、海上要塞をもう一つ渡して。それが条件よ」
『ええ、問題ありませんよ。今後とも仲良くしていきましょうね、瑞鶴』
「そうね。今でも気は進まないけど」
『そんなこと言わないでくださいよ。長い付き合いじゃないですか』
「できるなら今すぐ断ち切りたいわ」
かくして、月虹とアメリカの間に同盟が締結された。月虹に極めて有利な同盟であったが、優秀な船魄が少しでも欲しいアメリカ軍としては、この程度の妥協ならどうということはない。