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月虹とアメリカ

 アメリカ連邦の成立から、アメリカは劇的な日々を過ごした。立憲君主制の体裁を整えるべく、アメリカ総督にスプルーアンス元帥が任命された。総督は女王が不在の間(実質的には常時)君主の代理を務めることが職務である。そしてアメリカ連邦初代首相として、スプルーアンス元帥の部下であったアーレイ・バーク海軍中将が指名された。


 軍人がアメリカ連邦政府を掌握したのは、政治家の多くが戦争責任を問われて公職追放されたことが大きい。その中でも海軍軍人が目立っているのは、陸軍軍人や空軍軍人に戦犯指名を受けた者が多く指揮系統が混乱しているのに対し、海軍軍人で戦争犯罪を問われた者がほとんどいなかったからである。


 アメリカ海軍は大規模な組織再編を行い、全軍を太平洋艦隊と大西洋艦隊の二つに分けた。海軍軍令部長にはシャーマン大将が就任した他、大西洋艦隊司令長官にはケネディ中将(司令長官就任と同時に昇進)が指名された。


 ○


 一九五六年十月二十五日、フロリダ海峡。


 クイーン・エリザベス級戦艦の二隻が依然として月虹の護衛を務めている中で、月虹に襲いかかって来る者が再び現れた。ソ連軍ではなく、日本軍でもなく、アメリカ軍であった。エンタープライズを旗艦とする大西洋艦隊が月虹の海上要塞に近付いてきたのである。


 瑞鶴達はもちろん臨戦態勢を整える。戦力は圧倒的に劣勢であるが、ドイツと同盟を結ばなければ生きていけないアメリカにとって、エリザベスやウォースパイトを攻撃することは論外である。その点ソ連軍より対処は楽だと言える。


『私はイギリス海軍グランド・フリートのクイーン・エリザベスです。海上警備という様子ではありませんが、何の御用でしょうか?』


 エリザベスは冷たい声でアメリカ側に尋ねる。エンタープライズが返事をしてきた。


『これはこれは。どうしてイギリスの軍艦がこんなところに?』

『それは関係ないでしょう。ただ、事実を一つ言うなら、私を攻撃することは即ちアメリカの破滅に繋がります』

『ええ、そんなことは分かっていますよ。あなた達と戦うつもりなんてありません。私達の目的は瑞鶴を――いえ月虹を手に入れることなのですから』

『まあ、そうだとは思っていました。ですが、お引き取りください』

『そんなこと言わないでくださいよ。ちゃんと交渉するつもりで来たんですから。瑞鶴と話させてもらってもいいですか?』

『……ええ、いいでしょう。元より主体は月虹ですから』


 瑞鶴がアメリカの傘下に入ることを承認するとは考えられないが、エリザベスの判断だけで月虹の運命を決定するというのもおかしな話である。エリザベスは瑞鶴とエンタープライズの通信を繋がせた。


「――あんた生きてたのね。撃ち殺したと思ってたのに」


 瑞鶴はエンタープライズに敬意を払うつもりなど微塵もない。


『ええ、ちょうど私だけ無事でした。私を監視していた兵士の皆さんが死んだので、せいせいしましたよ』

「あっそう……。で、何しに来たの?」

『もちろん、瑞鶴あなたを手に入れに来たんですよ』

「私が承諾すると思ってるの?」

『いえ、まさか。しかし条件を付けたらどうでしょうか』

「条件?」


 何を言われたところでアメリカ海軍の軍門に下るなどあり得ないが、瑞鶴は一応話だけは聞いてやることにした。


『ええ。一つ目は、あなた方をアメリカ海軍に組み込む訳ではない、つまりアメリカ海軍の同盟者になってくだされば十分ということです。二つ目は、アメリカ海軍から整備や補給など、必要な援助を行うことです』

「随分と私達に有利な条件ね」

『そうでもしないと、あなた方がアメリカに味方してくれるとは思えませんでしたから。キューバには艦艇の整備を行う能力などないでしょう?』


 月虹に全面的に味方してくれる唯一の国家であるキューバに、マトモな造船能力はない。まあそんなことを言ったら、現状世界で主力艦を建造する能力を有している国は日独伊米ソ英仏の七カ国だけではあるが。戦艦を建造できるというだけで十分に大国なのである。


「それはそうね。確かに、整備とか修理とかが安定するのは私達にとっても助かるけど、別にアメリカに頼らなければならないって訳でもないわ」

『確かに日本やドイツは甘いですから、何とかなるかもしれませんね。とは言え、補給が安定するというのは、相当に価値があることだと思いますが』

「それはそうだけど、アメリカなんかと同盟する程のことじゃないわ」


 瑞鶴のアメリカ嫌いは筋金入りである。


『では、条件を一つ追加しましょう』

「何よ」

『大和を甦らせることに、全力でご協力します』

「……は? 何、言ってるの?」


 予想外の言葉に瑞鶴は狼狽える。


『大和さんのことは、意外と多くの方が知っているんですよ? 私に情報が流れてきていても不思議ではありません』


 確かに、日本とドイツは昏睡状態の大和を利用して船魄研究を進めようとしていた。それに関わった人間の数は決して少なくないだろう。


「……あ、そう。あんたにそんなことができるの?」

『私自身が、かつてあなたに殺されたエンタープライズの記憶を引き継いだ存在です。船魄の命を弄ぶ技術は、アメリカに確かに存在します』

「…………」


 瑞鶴は確かに、エンタープライズが蘇ったことを知って、大和を蘇らせるのに使えないかと興味を持っていた。本人の口からそう言われると惹かれない訳にはいかなかった。

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