アメリカ合衆国の滅亡
アメリカを占領する国際連盟軍は、第二次北米国際軍事裁判を開き、主要な戦争犯罪人への処罰を決定した。
平和に対する罪としては、戦争を主導したのはアイゼンハワー元首相だと判断され、ニクソン首相とマーシャル元帥に禁錮20年だけが言い渡された。平和に対する罪によって処刑された者はいなかったのである。一方でハーグ陸戦条約以来の通例の戦争犯罪人については厳正に裁かれ、ルメイなどはもちろん処刑された。
ニクソン首相が裁判に掛けられたので、アメリカは暫定的にでも最高指導者を必要とした。そこで白羽の矢が立ったのが海軍のスプルーアンス元帥であった。スプルーアンス元帥はあくまで臨時首相と名乗ることを条件に、この貧乏くじを引くことを受け入れた。
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一九五六年十月十七日、アメリカ合衆国ワシントン特別区、旧ホワイトハウス前。
エンタープライズによって破壊されたホワイトハウスの残骸は、未だ放置されている。瓦礫の山になってもなお、特有の白い壁の残骸はよく目立つので、ホワイトハウスだったものだと誰でも分かるだろう。
アメリカにとってそれなりに象徴的なこの残骸の前で、スプルーアンス臨時首相は今後のアメリカについて演説を行っていた。国際連盟が用意した台本を読み上げているだけではあるが。
「――国際連盟軍のロンメル元帥からの要求を受け、私はアメリカの抜本的な内政改革を行うことを決意しました。改革には大きく三つの柱があります。すなわち、自由と平等の普及、行政の非民主化、そして合衆国憲法の放棄です」
最後の一言で一気に会場がざわめくが、スプルーアンス元帥は話を聞いてくれと聴衆を黙らせた。
「まず、自由と平等について。我が国には建国時よりそのどちらも存在しなかったと、国連に判断されました。私達は合衆国がいかにも自由の国であると、200年に渡るプロパガンダに騙され続けてきたのです。
自由とは何か。自由とは、単に束縛を受けないことなのでしょうか? 例えばあなたがアマゾンの密林の奥地に一人で放り出されて、自由と言えるのでしょうか? あなたを縛るものは何もなく、何をしても誰も文句を言いませんが、大半の人はそんな生活を望まないでしょう。世界で一番自由な人間になりたいという方がいれば、アマゾンへの直行便を無料で手配しますが、ご希望の方はいらっしゃいますか?」
もちろん、答えは沈黙である。
「そう、そうでしょう。そんな人はいないでしょう。自由というのは、政府によって何でもできることが保証されている状態を指しているのです。では、今の合衆国は本当に自由なのでしょうか? 極一部の資本家は自由かもしれませんが、ほとんど全ての国民は生きる為に労働を強制され、とても自由とは言えません」
「閣下! それは共産主義を目指すということですか!?」
「共産主義は、もしも実現できれば地上の楽園そのものですが、残念ながら今の人類には不可能です。まずは混合経済体制を確立するべきと判断します。
次に平等という言葉については、今更説明する必要はないでしょう。我が国は建国以来、世界で最も人種差別的な国の一つであり続けてきました。これは徹底的に是正されなければなりません。そうでなければ、アメリカの国際社会への復帰は認められないでしょう。
続いて、行政の非民主化についてお話します。我が国はここ15年、ルーズベルト、アイゼンハワーという狂人の暴走を防げませんでした。ルーズベルトの暴走を受けて権威と権力の分離を行いましたが、これは意味がありませんでした。
では何がいけないのか。それは、国家の指導者が民主的に選ばれることです。票を獲得する能力しかない人間に、政治ができる訳がない。行政は非民主的に選ばれた専門家に担われなければならないのです。これは日本の政治制度を見れば明らかです。
そして最後、合衆国憲法の放棄は、行政の非民主化に関係することでもあります。要するに、指導者たる専門家を選ぶのは誰か、という話です。民意とは全く関係なく常に国家の頂点に居続ける存在が必要なのです。日本は天皇陛下がその役割を担われていますが、我が国ではそれはできない。ですので、できるようにします。
つまり、我が国に君主を置くのです。もっと言ってしまいましょう。アメリカはイギリス連邦王国に復帰します。エリザベス女王陛下をアメリカ女王としてお迎えし、国名をアメリカ連邦と改めます」
「独立戦争を否定すると仰るのか!!」
「それは複雑な問題です。アメリカ合衆国は人類に未曾有の惨禍をもたらしました。200年に渡る罪の歴史から目を背け続けることは、今や許されないのです。しかし、独立戦争の英雄達に、世界に害をなそうという意思があったとは思えません。
以上の改革を経て、アメリカ合衆国は滅亡し、アメリカ連邦として新生するのです。もちろん、これを受け入れない方々が多くいることは分かっています。ですが、アメリカが国際社会に復帰する為、どうかご協力を願いたい」
国名の変更など大した問題ではなく、君主制の導入というのも名目上のものに過ぎないが、アメリカは生まれ変わったのだと国際社会に印象付けるにはこれ以上ないパフォーマンスであった。