ルメイの乱
『ニクソンもマーシャルもスプルーアンスも、ファシストの靴を舐める連中は全員、民主主義に対する裏切り者である! 我々はここで、アメリカの自由と民主主義を守り抜くのだ! 心ある者は我々に合流し、共に戦おうではないか!』
ルメイはさながらナポレオンのような英雄にでもなった気分で、このような演説を行ったのである。ニクソン首相とシュニーヴィント元帥はドレッドノートの艦内で対応を協議する。ルメイが首相を暗殺するべく間者を送り込んでいないとも限らないので、一番安全なここにいた方がいいだろう。
「西部の幾つかの州がアメリカ正統政府とやらに付いたようですが、補給もままならない軍隊など相手ではありません。すぐに瓦解するでしょう」
ニクソン首相はルメイの独立宣言から数時間でそう言い切った。それにはシュニーヴィント元帥も同意するところである。
「その通りかと。こんな無謀が通る訳がない」
「ええ。差し当たっては、こんなことが言える立場ではないかと思いますが、お願いがあります」
「何でしょうか?」
「ルメイの鎮圧に、ソ連軍を関与させないでいただきたいのです。アメリカの領土を奪われる口実を与えたくはありません」
ソ連軍がルメイの反乱を鎮圧する為にアメリカ領内に攻め込めば、そこで占領した地域を併合されかねないとニクソン首相は懸念している。逆に最初からメキシコに返還する予定の地域であれば、日本軍やメキシコ軍が動くことは一向に構わない。
「懸念はもっともです。そのようにロンメル元帥に伝えましょう」
「ありがとうございます。西海岸の第1艦隊があれば、反乱の鎮圧など容易なことです」
「彼らが裏切らなければ、ですが」
そこまでの根回しをルメイがしているとも思えないが、やや懸念すべきことではあった。
○
一九五六年九月七日、カナダ共和国、ジュノー。
「ルメイが独立とは、面白い冗談だ」
第1艦隊のシャーマン大将に、ルメイから勧誘の電報が届いていた。アメリカ正統政府などと名乗っているのだから、合流を呼び掛けるのは当然のことではあろうが。
「閣下、どうお返事をなさいますか?」
「ルメイなどに返事をする必要はないと思うが、暫し待ってくれ。一応うちの船魄の意見も聞いておきたいと思ってね」
「船魄に意見を求めるのですか……?」
「何かおかしいかね?」
「いや、その……」
船魄を全然モノ扱いしているアメリカ軍としては、聞いた事もない話である。しかし大将の意向に逆らってまで船魄はモノだと主張する士官はいなかった。シャーマン大将は早速、すぐ近くにいるレキシントンの船魄を艦内司令部に呼び出した。
「――こんなことをルメイが言ってきたんだが、どうだ? 奴の正統政府とやらに合流したいか?」
「ふむ。ルメイなんかが民主主義の代表者とはとても思えないし、あんなしょうもない男の下で働こうなんて思えないね」
「同感だ。ではルメイの討伐に協力してくれるか?」
「もちろん。そんな確認をする必要なんてないのに」
「そうだな……。君の妹については、少しジュノーに置いていくことになるが」
「ソ連が手を出さないか心配だけど、流石にそこまではしないよね」
「ロシア人でもそんな馬鹿はしでかさないだろう」
という訳でレキシントンの快諾を得ることに成功した。続いて大将は、この艦隊が最も我が強い船魄、ハワイに電話を掛ける。
「――という話なのだが、どうだろうか? ルメイに着くか?」
『あんな薄汚い小男に私が仕えるとでも? 随分と舐められたものだな』
「ふむ。私のことは多少は評価してくれているということか」
『奴に比べたら余程マシだ』
「そうか、ありがとう。君はルメイに共鳴しかねないと思っていたから、安心した」
『メキシコは半分は白人の国だろうが。そのメキシコで虐殺を行ったんだ。奴は白人の風上にも置けん屑だ』
「なるほど、そういう問題か」
メキシコは人口の6割が白人と先住民族の混血メスティーソである。ハワイの思想としては、メスティーソは守るべき白人の部類に入るらしい。
『白人の血が入っていない純粋な先住民族は皆殺しにしても一向に構わないがな』
「公の場でそんなことは言わんでくれよ。恐らくだが、ロンメル元帥が内政干渉を避けようとしても、国際社会はアメリカの内政改革を要求してくる。そうなれば人種差別は禁止されるだろう」
『甚だ不愉快だな。だが、私はお前と違ってこの先何十年でも生きる。いずれはアメリカから先住民族を根絶してやる』
「まったく……。君はブレないな」
ともかく、ハワイは白人を手に掛けたルメイに靡くつもりは全くないらしい。船魄達の意思は「ルメイをとっととぶち殺せ」というもので統一された。
「よし。ではルメイに返事を送るとしよう」
「何と送りましょうか」
「貴殿の要請に応じ貴殿をぶち殺しに行こうと思う、と送ってくれ」
「……はっ!」
第1艦隊は稼働可能な全艦を挙げて早速出撃した。急いで出撃したのは日本海軍に借りを作りたくないという理由もあった。