エンタープライズの処遇
一九五六年九月六日、アメリカ合衆国メリーランド州ボルチモア。
ニクソン首相が国際連盟に降伏を申し入れてから5日。取り敢えず各戦線は停戦状態となっている。国際連盟は正式な降伏式を行う為に特使を派遣した。
特使を運ぶのは旧式戦艦ドレッドノートである。ドレッドノートは三笠と同様、最早実戦には耐え得ない戦艦であり、ほとんど饗応専用艦として働いている。アメリカを無駄に刺激することがないようロンメル元帥が配慮し、イギリスに派遣を要請したものであった。
時代錯誤な戦艦は、ワシントンのすぐ北東にある港町ボルチモアに入った。ワシントンは実は海に接していないので、ワシントンに一番近い港湾都市たるボルチモアが会談場所に選ばれたのである。
ドレッドノートの艦上に、ニクソン首相自らが姿を現した。閣僚は大体全員死んだので、政府を代表できる人物が他にいないのである。また陸軍参謀総長マーシャル元帥もアメリカ側の全権としてドレッドノートに乗り込んだ。
国際連盟側の全権はオットー・シュニーヴィント元帥であった。第二次世界大戦ではグラーフ・ツェッペリンと共に戦い連合国の壊滅に尽力した元帥は、今は国連海軍総司令部の一員である。
「ニクソン首相、わざわざ御足労いただき感謝します。私はドレッドノート。この艦の船魄です」
この戦艦以上に時代錯誤な格好――まるで中世のような鎧を纏った少女が、ニクソン首相とマーシャル元帥を出迎えた。
「君がドレッドノートか。全世界に名の知れ渡る軍艦に会えるのは光栄だよ」
「私は別段、大したものではありません。まずもって偽物ですし、本物だった時代とて、戦果は潜水艦を体当たりで沈めただけです」
「軍艦の技術史上の意義が極めて大きい訳だが、その自覚はないのかな?」
「無論、それは承知しています。とは言え、私はたまたま最初に建造された主砲専念艦だっただけのことです」
「確かに、弩級戦艦の出現は歴史の必然ではあるな。と、こんなことを話している場合じゃないな」
「左様ですね。こちらへ」
ドレッドノートはニクソン首相とマーシャル元帥をシュニーヴィント元帥が待ち構える艦内食堂に案内した。
「狭くて申し訳ない」
「いやいや、こんな程度は慣れているよ。それよりも君の方が遥かに歩きにくそうだが、大丈夫か?」
「私は自分の艦ですから無論、慣れております」
とは言いつつ、鎧の裾などまあまあぶつけながら歩くドレッドノートであった。ものの2分程度で目的地に到着した。主にドイツ親衛隊の兵士に囲まれ物々しい食堂の真ん中に、シュニーヴィント元帥が待ち受けていた。
「ニクソン首相殿、こちらがシュニーヴィント元帥です」
ドレッドノートは案内を終えると、食堂の入口に陣取って警護に加わる。シュニーヴィント元帥はニクソン首相とマーシャル元帥に彼の向かいに座るよう促し、ついでに紅茶などを出させた。
「降伏しに来た相手に、これほど丁寧に応対していただけるとは。アメリカではとてもあり得ない光景です。感謝申し上げます」
ニクソン首相はシュニーヴィント元帥に頭を下げる。
「戦争に勝ったから負けたからと言って、礼儀を欠くべきではありませんから。まずお聞きしたいのですが、アイゼンハワー前首相を殺したのはエンタープライズだという噂、これは事実ですか?」
「はい、事実です。それを知っているのは極一部の者だけですが」
混乱を避ける為、アメリカ政府は誰がアイゼンハワー元首相を殺したかについて誤魔化している。まさかエンタープライズが謀反を起こしたなどとは誰も思わないだろうが。
「そうでしたか。まどろっこしい事態になってしまいましたね」
「ええ、まったくです。本来ならエンタープライズは処刑されてもおかしくない訳ですが」
「あの艦を失うのは惜しいというのは、国連としても同じですよ」
どの国もエンタープライズを欲しがっている。アメリカでさえ、国連と多少は対等に交渉する為にエンタープライズの力は必要不可欠である。
「ですから、ここは国連軍がやったということにしましょう。ロンメル元帥から内諾は得ています」
「国連軍の汚点になるかと思いますが、よろしいのですか?」
「政治的には戦争相手の首相を殺すなど論外ですが、世論はそうは思いません。寧ろ、よくぞ悪の親玉を殺したと賞賛するでしょう。それに、ニクソン首相閣下はよくやってくださっています」
最悪の場合政府も軍部も統制が効かなくなってアメリカが空中分解し、誰にも収拾がつかなくなるところだったが、ニクソン首相は今のところアメリカをよく纏めている。
「結果的には、アイゼンハワーが死んだことで戦争は終わりました。エンタープライズの罪は不問と――いえ、なかったことにしましょう」
「ご配慮感謝します。しかし、対外的にはどのように発表するつもりなのですか?」
「国連軍の誤爆ということにします」
「誤爆、ですか。それはまた無理がある話のように思えますが」
「ついに世界に平和が訪れるのです。細かいことに目くじらを立てる者はいないでしょう」
「確かに。それも道理です」
エンタープライズがアイゼンハワー首相を殺した事実は、アメリカと国連が共謀して闇に葬られることとなった。