首都決戦Ⅱ
一九五六年八月二十一日、アメリカ合衆国ワシントン特別区、首相官邸ホワイトハウス。
ワシントンの戦いが始まってから5日。ロンメル元帥が絨毯爆撃や砲撃を禁じているというのがかなり大きいが、アメリカ軍は頑強に抵抗し、戦いはまだまだ長引きそうである。とは言え国連軍を撃退するなど無理な話。所詮は時間稼ぎに過ぎないし、戦略的に意味がある程の時間を稼げる訳でもない。
「何か、もっと国連軍に打撃を与える方法はないのか……」
アイゼンハワー首相は四六時中そのことばかり考えていた。スプルーアンス元帥はそこである提案をした。
「コメットを投入するのはどうでしょうか? 国連軍の補給線をコメットで攻撃すれば、かなり有効な打撃となるかと」
「コメットだと? 対地攻撃では使えないって言う話じゃなかったか?」
コメットは元より対艦ミサイルであり、戦車のような小さな目標を狙い撃つことは不可能である。また装甲を貫通することを主眼に置いているから、炸薬は少なく、地上への攻撃で戦果を挙げられるとは考えにくい。
「エンタープライズに制御させれば恐らく、車両程度の目標に命中させることも可能でしょう。しかし、エンタープライズの能力を分散させることになります。エンタープライズそのものが攻撃を受ける可能性が大きく、そうなるとワシントン上空の制空権は完全に国連軍の手に渡ります」
「現時点でワシントンの制空権などないも同然だ。エンタープライズだけ守って何になる」
「多少なりとも国連軍に対する脅威になってくれれば、意味はあります」
国連軍のそれなりの戦力がエンタープライズへの対処に回されている。それだけで意味はあるというものだ。だが首相は、この状況を維持するだけではどうにもならないと考える。
「エンタープライズと戦っている敵部隊がワシントンに来たところで、今とそれほどの差はないだろう。ここは地上への援護を優先させる。エンタープライズに、君の提案を伝えろ」
首相はエンタープライズに、地上への援護を命じた。
○
一九五六年八月二十二日、ノースカロライナ州キティホーク沿岸。
エンタープライズはやはり期待を裏切らない船魄だ。彼女が操るコメットは確実に国連軍の補給部隊を襲い、多大な被害を出していた。ワシントン近郊から離陸したコメットは速度が上がらず本来の貫徹力は発揮できないが、トラック相手にその必要はない。速度が出ていないとは言え音速程度は出るので、地上の高射砲や機関砲で迎撃するのは困難である。
ロンメル元帥はワシントン攻略部隊の補給が途絶えることを許容できず、事態を打開するようビスマルクに命じた。ビスマルクはすぐ瑞鶴に通信を掛けた。
『――ビスマルクであります。瑞鶴殿、少々頼みたいことがあります』
「今度は何? あんまり無茶なこと言うと拒否するわよ」
『それほど無茶ではないかと。現下、我が陸軍はコメットの攻撃を受け、補給に多大な支障が出ていることは、知っていますね?』
「ええ」
『その元凶は、言うまでもなくエンタープライズであります。貴艦らにはこれを――エンタープライズを無力化して欲しいのであります』
「ついにそう来たか……。ええ、分かったわ。何とかする」
『よろしくお願いするのであります』
「任せといて」
戦力は圧倒的。今ならエンタープライズを撃破、或いは撃沈することは十分に可能だろう。エンタープライズの意識もコメットに取られて、自分自身の防御は手薄になっている筈だ。
『それと、多少ですが、こちらから援軍を用意しているのであります』
「へえ? 誰?」
『我が軍のペーター・シュトラッサーを寄越すのであります。彼女には今だけは瑞鶴の指揮下に入るのであります』
「よりによってそいつ? まあ、知らない船魄よりはマシかもしれないけど」
『命令には従うのであります。それでは』
ツェッペリンを目の敵にしているシュトラッサーが増援らしい。まあ船魄の能力としてはドイツ軍でもかなり高い方であるし、頼りになることは間違いない。
『まったく、何で私がツェッペリンなどと一緒に戦わないといけないんだ』
『我と共に戦えることを光栄に思うがいい』
『誰が光栄になんて思うか』
「はいはい、痴話喧嘩は後でやってちょうだい。今はエンタープライズに集中して。命令よ」
命令と言うとシュトラッサーは素直に聞き入れた。瑞鶴・ツェッペリン・シュトラッサー・鳳翔の空母四隻は、エンタープライズに集中攻撃を仕掛ける。ドイツ海軍もエンタープライズの処理能力を分散させるべく行動を活発化させていた。
○
「ふふ。ついに私を殺す気になったようですね、瑞鶴」
「笑ってる場合じゃないだろ。真面目にやれ」
「分かってますよ。戦いに手抜きをするのは、趣味ではありません」
多方面で同時に戦うエンタープライズであったが、その能力はまだ限界に達した訳ではない。月虹の艦載機が急降下爆撃を仕掛けてくると、エンタープライズの機関砲が火を噴き撃退する。残存する艦艇はエンタープライズを輪形陣で囲って魚雷への盾となり、激しい対空砲火を行う。
「おや、デモインさん、頑張ってくれていますね」
『仕事だから、当然』
「その調子で敵を撹乱してくださると助かります」
『分かった』
「そうそう。妹さんはお元気ですか?」
『ニューポート・ニューズは、特に変わりないけど。ニューズ、調子はどう?』
『報告すべきことは、特にありません』
ニューポート・ニューズの声はまるで合成音声のように無感情であった。
「ふふ。まあ、思った通りですね」
デモインでさえアメリカの船魄の中では普通の人間に近い方である。世間話に応じてくれると思うのが間違いなのだ。
エンタープライズは主に機関砲で至近距離の弾幕を張り、周囲の戦艦と巡洋艦が長中距離の弾幕を張る。多層に渡る濃密な対空砲火は、瑞鶴やツェッペリンの攻撃も寄せ付けなかった。