船魄紹介【あきつ丸】
【あきつ丸】
・艦として
・艦種:強襲揚陸艦(特殊船)
・艦級:あきつ丸型強襲揚陸艦(陸軍特殊船丙型)一番艦
・前級:神州丸型揚陸艦(陸軍特殊船甲型)
・次級:なし
・建造:播磨造船所
・進水日:1941年9月24日
・所属:陸軍船舶部隊
・全長:152m
・最大幅:23m
・基準排水量:9,200噸
・対艦兵装:なし
・対空兵装:四式七糎半高射砲×10 九六式二十五粍3連装機関砲×12
・対潜兵装:六式墳進爆雷砲×4
・搭載機:キ238一一式攻撃螺旋翼機×12
・搭載艇:大発動艇×30 装甲艇×4
艦名は日本の別名である秋津洲より。秋津洲という名前の水上機母艦が海軍にあるが特に関係はない。陸軍特殊船は陸軍の艦艇ということで陸海軍の不和の象徴と言われることが多いが、世界的に見れば陸軍が船を造るのはよくあることである。
帝国陸軍は元より海外においても補給を担当する為に多数の輸送船を保有していたが、第一次世界大戦の戦訓などから揚陸専用艦を建造することを計画した。これが陸軍特殊船である。あきつ丸の前級にあたる神州丸は世界初の本格的な揚陸艦であり、発動艇や装甲艇と呼ばれる上陸用小型舟艇を60隻以上輸送し、現場で迅速に展開させられる能力を持っていた。
あきつ丸は全通飛行甲板を有する特殊船である。飛行甲板を有しているから、神州丸のように甲板に発動艇を積むことができず、搭載艇の運用能力は低下している。飛行甲板は上陸に際して艦載機を発艦させて援護を行わせることを意図して造られたが、少なくとも大東亜戦争では本来企図された運用がなされることはなかった。航空機の大型化であきつ丸の短い飛行甲板ではほとんど艦載機を運用できなかったからである。
大東亜戦争緒戦のインドネシア攻略ではジャワ島上陸作戦などに参加し、飛行甲板は特に使われなかったものの、揚陸艦としての能力を十分に活かし帝国軍の完勝を支えた。その後、上陸作戦という上陸作戦は行われなかったので、広い積載スペースを活かして輸送任務に従事した。
1944年4月、米潜水艦が海上輸送の脅威になっていたことを受け、短距離で離陸できるオートジャイロを対潜哨戒機として運用する護衛空母への改装を受けた。その後は輸送任務と哨戒任務を繰り返したが、特に潜水艦と遭遇することはなかった。
10月のフィリピン沖海戦でアメリカ海軍が壊滅したことを受け帝国陸軍も反撃に転じるが、米軍が占領していた島嶼は補給を断てばすぐに降伏したので、暫く出番はなかった。1945年12月のサンフランシスコ上陸作戦では、4年ぶりに上陸作戦に参加する機会を得て、神州丸など僚艦と共に揚陸艦としての能力を十分に発揮することができた。
戦後、1948年に螺旋翼機が実用化されたことは、あきつ丸にとって大きな転機となった。ヘリコプターに飛行甲板の長さなど関係ないからである。飛行甲板に露天係止されるヘリコプターは主に上陸支援を行うこととされ、ここに陸海空合わせた上陸作戦を実行する能力を持った強襲揚陸艦が世界で初めて誕生したのである。
・船魄として
・技術系統:日本式第二世代
・身長:158cm
・体重:64kg
・血液型:A型
・髪:茜
・目:黄
・好きなもの:脱走・とんぼ
・嫌いなもの:帝国海軍・勉強
喧嘩っ早く人に言うことを聞かない不良に育ってしまった少女。人に対していつも傲岸不遜に振る舞っており、迷惑は各方面にかけているが、人を傷つけることは決して良しとしない、根は優しい不良と言ったところである。強襲揚陸艦は今のところ世界にあきつ丸型の三隻しか存在しないので、自分の存在を誇らしく思っている。




