国連大西洋艦隊
一九五六年五月七日、バハマ。
キューバのすぐ隣に位置するバハマ諸島に、ついにドイツ海軍の大艦隊が到着した。基幹艦隊である大洋艦隊に加え、インド洋艦隊もほぼ全艦がここに集結している。戦艦だけでグナイゼナウ、ビスマルク級戦艦二隻、モルトケ級戦艦二隻、グラーフ・ローン級戦艦二隻と、ドイツが保有する戦艦全てがここに集結しているのだ。
さて、モルトケ級戦艦は48cm砲8門を装備する大和級戦艦である。モルトケはインド洋艦隊旗艦であり、大洋艦隊に合流する打ち合わせの為にビスマルクを訪れていた。モルトケの船魄は、茶色い髪と目をして、毛皮のコートを軍服の上に纏った、人を寄せ付けない少女である。
ビスマルク艦内の士官室の扉を開けると、中から香ばしい肉の香りがモルトケに襲いかかってきた。
「ビスマルク……君はこんな時でも食事にしか興味がないのか?」
モルトケは呆れた様子でビスマルクを見下ろす。ビスマルクは優雅にステーキを楽しんでいた。
「腹が減っては戦ができぬと言うのであります。常に万全の体調を保つのが、公人の責務であります」
ビスマルクはモルトケに文句を言われてもフォークを止める気はない。
「だったらもっと健康的な食事があるだろう。まったく呆れるね」
「本艦はビーフステーキと半熟卵がないと体調が崩れるのであります」
「ああそう。まあいいや」
ずっと立っている訳にもいかないので、モルトケはビスマルクの向かいに座った。目の前の上等なステーキには全く興味が湧かなかった。
「取り敢えず、ボク達はカリブ海は初めてなんだ。君から色々と状況を聞かせてくれるか?」
「無論であります。しかし、本艦もカリブ海まで出撃したのは一度きりでありますから、モルトケの持っている情報以上のものは提供できないかと」
「そうか。じゃあ情報の摺り合わせくらいしておこう」
ビスマルクは大洋艦隊旗艦ではあるが、カリブ海のことはシャルンホルストとグナイゼナウに一任していたので、それほど詳しい訳ではない。人から聞いた話が情報源というのは、ビスマルクもモルトケも同じなのである。
実際、二人の持っている情報に大きな差異はなかった。
「はぁ。時間の無駄だったようだね」
「モルトケは本艦に嫌味を言う為に来たのでありますか?」
「いいや? 君の為に時間を無駄になんてしたくない。これからの計画を聞かせてくれ」
「……我が軍の戦力はアメリカ軍を圧倒しているのであります。ドイツ海軍だけでも既に圧倒しているところ、ソ連軍やイタリア・イギリス・フランスからささやかながらの援軍もあります。アメリカ軍に我が艦隊と正面から戦う能力は最早ないのであります」
「だろうね」
「であるからして、まずはキューバの解放作戦を行うのであります。これは既にロンメル元帥から承諾を得たことであります」
「ホワイトハウスを焼き払えば全て解決するんじゃないか?」
「キューバを放置してアメリカ本土攻撃に向かうのは、国連軍としては好ましくないのであります」
国連軍の本来の目的はあくまでアメリカの侵略に晒される国々の解放である。カナダから攻め込んでいるのは、メキシコに大規模な部隊を直接送り込むことが難しく、遠回りを強いられているからに過ぎない。
「分かった。政治のことはボクはよく分からないから、君に任せるよ。それと、確認させて欲しいんだけど、日本軍と協力することになるのか?」
「無論であります。我が軍は残念ながら、大規模な上陸作戦を行う能力に欠いているのでありますから」
「……ビスマルク、日本軍がシャルンホルストを沈めたことを忘れたのか?」
モルトケはシャルンホルストのことを全く意に介さないビスマルクが理解できなかった。
「忘れてなどいないのであります。しかし戦争をすれば艦が沈むのは当然のこと。その程度で相手を恨むなど非合理的でありましょう」
「言っておくけど、君みたいな考えの艦は少数派だ。インド洋艦隊でも、日本軍とは手を組みたくないという船魄の方が多い」
「大洋艦隊と関係ないのに、でありますか?」
ビスマルクは挑発するつもりなどなく、ただ純粋に理解できなかった。大した縁もない艦が沈んだことを根に持つなど考えられないのだ。
「ああ、そうだよ。大洋艦隊ならば、尚更日本軍のことは嫌っているだろう?」
「さあ。本艦には分からないのであります」
「分からないって……。まあいい。君の妹に聞けば分かるだろうから」
ティルピッツはビスマルクのような極端な考えはしていない常識人である。モルトケが後で聞いてみたところ、命令に逆らう程ではないがやる気は出ないというのがやはり大半であった。
「ともかく、日本軍と一緒に戦うのはやめておいた方がいい」
「であれば、合理的ではありませんが、我々がキューバからアメリカ軍を駆逐して海上補給路を切断し、キューバとアメリカ本土を完全に切り離すのであります。それで問題ありませんか、モルトケ?」
「ああ。ドイツ海軍だけでアメリカ軍を圧倒しているというのは、君も言っていた通りだ。日本軍への支援はソ連やらにやってもらおう」
「了解であります。ではそのように、ロンメル元帥に上申しておきましょう」
ロンメル元帥はビスマルクの作戦案を承認した。ビスマルク達は国際連盟海軍大西洋艦隊と命名され、同時にキューバ解放作戦「キューバの自由作戦」が発令された。