海上特攻
「ん? 敵艦が急に針路を変えている……」
『こっちに向いてきているみたいですね〜』
「一体何のつもりでありましょうか」
『逃げ帰ろうとしているんじゃないですかね〜』
「その可能性はありますが……」
武蔵は敵が針路を反転して逃げようとしているのではないかと思ったが、そうではなかった。敵は艦首を武蔵に向けたところで急激に増速し始めたのである。
「ほう。どうやら私に突っ込んでくるようであります」
『そんなことをしたら不利になるだけじゃないんですか〜?』
「普通に砲撃戦をするつもりなら、そうでありましょう」
『普通じゃない、ということは〜、武蔵さんに体当たりでもしようとしているんでしょうか〜?』
「ええ。恐らくは。流石に戦艦の質量が突撃してきたら、私も大損害は避けられないのであります」
『大変ですね〜』
「しかし、46cm砲に向かって突撃するなど自殺行為であります」
砲弾というのは近付けば近付くほど威力が増すし命中率も上がる。ただでさえ耐えられない46cm砲弾を至近距離から喰らったらどうなるか、想像を巡らせるのに大した思考力は必要ないだろう。
『それはそうですね〜』
『そのような無謀な試みで命を落とすとは、何と虚しいことでしょう……』
「可哀想と思わなくはないですが、戦争である以上は仕方のないことであります」
『ふふ。やってしまいましょう〜』
土佐は楽しそうに言う。武蔵は何故ここで笑いが出てくるのか全く理解できなかった。
「土佐……貴艦の考えていることはよく分からないのであります」
『よく言われます〜』
「はぁ。まあいいのであります。いずれにせよ、やるのは私なのでありますから」
敵は戦艦二隻。命中することなど期待していないように主砲を乱射しながら、急速に接近してくる。どちらも最大戦速近くで動いているので、相対速度は時速80kmに達する。15kmの距離が詰まるのはあっという間だ。
「敵艦まで5km……。この辺りで、終わらせるとしましょう」
衝突まで残り数分のところで、武蔵はついに46cm砲を放った。まずは左側のサウスダコタに6発を叩き込む。砲弾は敵艦を真正面から貫通し、そして次の瞬間、サウスダコタは爆発した。主砲塔が吹き飛んだというのではない。艦そのものが大爆発を起こしたのだ。
サウスダコタの中央部で大爆発が起こり、雲を貫くほどのキノコ雲が上がった。艦橋や煙突などは跡形もなく消し飛び、真っ二つになった船体は瞬く間に海底に沈んでいった。
『おお〜。やりますね〜』
『このような最期を迎えるとは、不運な方です……』
「もう一方も、すぐに終わらせましょう」
と、その瞬間であった。武蔵の艦橋すぐ前で大爆発が起こり、武蔵を覆い隠す程の黒煙が吹き上がる。
『あら〜。大丈夫ですか〜?』
「副砲が、吹き飛ばされたので、あります……」
大和型の副砲15.5cm3連装砲は、元は最上型軽巡洋艦用に設計されたものであり、バイタルパートの真上にある割に防御力が著しく低く、大和型の弱点と見なされている。41cm砲弾でもここに直撃すると容易に弾薬庫まで貫通することができるのだ。
『大損害ですね〜』
「致命傷では、全くないのであります……。戦闘継続に、支障なし……!」
一番副砲の火薬庫は吹き飛ばされたが、主砲火薬庫への引火は完全に押さえ込んだ。
再装填を済ませて6発を斉射。全弾がインディアナに命中し、こちらは派手な爆発などは起こらなかったが、機関が停止して戦闘能力を喪失した。
「これで、正面の敵は粉砕したのであります」
『私はまだ戦闘中ですが……』
「そちらも、私の砲撃で止めを刺すのであります」
天城が交戦中の残り一隻についても、既に天城と交戦して損傷しているところに武蔵の砲撃を喰らって沈黙した。かくして敵の半分を撃破し、隻数は同等となった。
○
「サウスダコタ、爆沈!」
「インディアナ、機関停止しました!」
「クッ……。辿り着けなかったか……」
シャーマン大将は作戦が完全に失敗した事実を突きつけられた。日本軍の戦艦は全て健在であり、アメリカ軍は三隻の戦艦を失ったのである。
「今や、彼我の隻数は同等です。このまま交戦を続けては、負けるだけかと……」
「ああ。武蔵がいる以上、勝ち目はない。T字戦法を真正面から食い破る化け物など、どう相手しろと言うんだ……」
「閣下、どうされますか? 逃げますか?」
「或いは、せめて土佐か天城にダメージを与えることを目的にして、戦闘を続行させるという手もあります」
「いいや、逃げよう。土佐も天城も、こちらの戦艦より性能は上だ。マトモに戦って勝てるとは思えない」
どちらも計画されたのはワシントン海軍軍縮条約の前であって、条約の制限を受けたサウスダコタ級やノースカロライナ級より強力なのである。アイオワ級を持ってこれればまだ勝算はあったのだが、アイオワ級は全て東海岸に回されている。
「では、前線の全艦に撤退を通達します」
「頼む」
艦隊決戦はアメリカの敗北に終ろうとしていたが、その時ハワイがシャーマン大将に電話を掛けてきた。
『――私に撤退しろと?』
「ああ、そうだ。我々は負けたんだ」
『有色人種風情に負けを認めるのか、貴様は?』
「そんなの今は関係ないだろうに」
『白人が有色人種に負けるなどあってはならない。当たり前だろう?』
「当たり前ではないと思うがね」
『何だと? この裏切り者が! それでも白人か?』
「何とでも言ってくれたまえ。だが命令は命令だ。従ってもらうぞ」
『クソッ。必ず皆殺しにしてやる、有色人種共……』
忌々しそうに吐き捨てて、ハワイは通信を切った。彼女に人間の命令に逆らうことは不可能なのである。
「まったく、どうして我が国の船魄は皆こんな感じなのやら……」
「ルーズベルトの亡霊が取り憑いていると噂ですがね」
「それは同意しかねるな。ルーズベルトは別に有色人種を憎んでなどいない。ただ有色人種を効率的に殺すことを楽しんでいただけだ。あの真性の狂人と比べれば、ハワイなど可愛いものだよ」
「は、はあ……」
ハワイのような人種差別感情など、アメリカでは大して珍しいものではない。