和泉型とハワイ級
さて、やはり決戦は二箇所で行われることになりそうだ。両軍の艦載機が空を覆い尽くしそうな勢いで飛び交っているが、これはお互いの航空攻撃を警戒しているからであって、不測の事態が発生しなければ空が戦場になることはあるまい。
和泉型の三隻――和泉・摂津・河内は和泉を先頭にした単縦陣で敵艦隊との距離を詰める。アメリカ軍もまたハワイ級戦艦三隻が単縦陣を組んでいた。
両軍の距離が60kmを切り、お互いの主砲の射程に入ろうとしているところで、草鹿大将は和泉の艦橋に上がった。この決戦の行末を自らの目で確かめる為である。
「やあ草鹿。君はここから見物するのかな?」
「見物か。まあ、そう表現することもできるな。基本的に君の指揮に干渉するつもりはない。ただ、すぐ目の前で起こっていることは自らの目で見た方がいいと思っただけだ」
草鹿大将は全体の指揮を執るのが仕事であって、個別の戦闘の指揮は船魄達に丸投げしている。とは言え自らの目で確かめられる報告を艦内の司令室で受け取るのは奇妙なことだと思い、第一艦橋に来たのである。
「なるほど。まあ、ちょうどいい話し相手だ」
「私のことは気にしなくていいからな」
「私が君に何かの配慮をするとでも?」
「愚問だったな。いつもの調子で頼む」
和泉は艦橋の真ん中の高い椅子にゆったりと座り、妹達に通信を繋いだ。草鹿大将はその傍に立っており、さながら和泉の副官のようである。
「摂津、調子はどうかな?」
『万全です。姉上には傷一つ付けさせません!』
和泉や河内と違って威勢がいいこの声の主が、和泉型戦艦二番艦の摂津である。
「それは難しいと思うけど」
『わ、私を疑っておられるのですか?』
「いや、だって、魚雷ならともかく、戦艦の主砲を防ぐ手段はないだろう?」
忘れられがちだが、水中を進んでくる魚雷は誰かが盾になって防ぐことができるのに対し、砲弾は上から飛んでくるので防ぐことはできない。
『姉上を射程に入れる前に、全ての敵を撃沈します!』
「まあ、そうできればいいね。河内も調子は大丈夫かな?」
『私は問題ないよ。姉さんこそ、くれぐれも死なないようにね』
「私が死ぬ訳がないじゃないか」
『私もそう思っているけど、ふふ、戦場で何が起こるのか予想することは不可能だからね』
「君の期待には応えられなさそうだ」
『何も期待なんかしていないよ』
『姉上、まもなく敵艦が射程に入ります!』
「ああ、そうだね」
両戦隊の距離はおよそ50km。もちろん肉眼で敵を見ることはできない。和泉型の第一艦橋は海面からおよそ60mの高さにあるが、それでも水平線までの距離は30kmである。和泉型の三姉妹は友軍の空母に載せてもらっている観測機と電探で敵の位置を把握しているのだ。
「じゃあ小手調べといこうか。摂津、河内、目標は先頭にいる敵戦艦、全主砲撃ち方初め」
『はっ!』
『こんな距離だと当たらないと思うけどねえ』
世界最大の艦砲、七式五十一糎砲27門が火を噴いた。しかし、その51cm砲にとっても射程ギリギリの50km。砲弾が命中するまでに70秒はかかる。相手が等速直線運動をしてくれない限りは当たる筈がないのである。
「どうだ? 当たったか?」
「やっぱり敵は回避した。流石に当たらないね」
70秒もあれば戦艦も回避運動を行うことが可能である。
「現実的に考えると、20km程度には近寄らないといけないな」
「それでも当たるかは怪しいけど、まあ近寄らないことには何もできないよね」
「もちろん、ある程度広い範囲に弾をばらまけば、遠距離でも命中を期待できるとは思うが」
「そんな美しくないことは御免だ。摂津、河内、敵艦隊に向かって第三戦速で前進。我に続け」
二度目の斉射は行わず、和泉は敵に向けて一直線に前進する。だが、針路を変えた途端、敵が発砲した。
「おやおや。全艦、取舵一杯」
何の危機感も感じさせない声で和泉は言う。和泉ほどの巨体にもなると舵を切ってからすぐに船体は曲がらず、およそ30秒でようやく艦首が曲がり始める。それから更に30秒ほどして、ハワイ級戦艦の主砲弾が落着した。
その46cm砲弾は一発だけ、和泉の右舷前方に命中した。どうやら敵は回避されることを見越して砲弾を適当にばらまいていたらしい。砲弾は甲板上で爆発を起こし、和泉の甲板が燃え上がったように見えた。
『姉上!!』
「何を心配しているのかな、摂津? 私が46cm砲弾程度で傷付く訳がないじゃないか」
『大丈夫、なのですね?』
「ああ。高角砲と機銃が少々壊れた程度だ」
砲弾は貫通しておらず、水平装甲の上で爆発しただけであった。高角砲などはほとんど装甲がないので46cm砲弾の爆風で破壊されてしまったが、艦内への損害は皆無である。
『ははっ。和泉姉さんを傷つけさせないっていう目標は失敗に終わったみたいだね』
河内はわざわざ挑発するように言った。
『クッ……。私が不甲斐ないばかりに……』
「摂津の行動と私の損傷の因果関係が全く分からないんだけど」
『いや、それは、その……』
「まあいい。初めて46cm砲弾に撃たれたけど、どうということはなかったね。回避の必要もなさそうだ。敵に向かって一直線に突撃しよう」
元より51cm砲弾に耐え得るように設計された和泉である。一般的な交戦距離で46cm砲弾の貫通を許すなどあり得ないのだ。和泉は一切の回避をせず、特に撃ち返しもせず悠々と航行し、13発の砲弾が命中したが、何の支障も出なかった。