艦隊決戦へ
「艦隊決戦か。ふふ。胸が高鳴るね」
和泉は不敵な笑みを浮かべながら呟いた。
「確かに、君にとっては初めての対艦戦闘ということになるな」
「そうだね。飛行機の相手はもう飽きた。主砲で艦を沈めたいと思っていたんだ」
「期待しているぞ」
「草鹿、君達はここに残るのかな?」
これから和泉はハワイ級戦艦と殺し合いに赴くので、連合艦隊司令部を引っ提げて行くべきか否かという質問である。
「連合艦隊司令部要員は、全員ここに残る。司令長官が先頭に立つのは、前に君が言っていた通り、東郷元帥以来の伝統だしな」
「あれを真に受けていたのか」
「別に、君に言われたから決めた訳ではない。和泉型戦艦は最初から連合艦隊旗艦として設計されているだろう?」
「まあ、もちろん私は絶対に沈まないから、安心してもらっていいよ。そもそもアメリカに51cm砲は一門もないんだから、私の装甲を貫徹することは不可能だ」
「油断はするな。46cm砲とは言え、至近距離では主砲防盾も貫通される可能性がある」
「そんなヘマはやらかさないよ。君達はゆったりと作戦指導を頑張るといい」
「そうさせてもらおう。では、戦場に向かうとしようか」
帝国海軍は戦艦を結集させ、取り敢えずは和泉型三隻からなる第一戦隊と武蔵・土佐・天城からなる第二戦隊という二つの部隊を編成した。また各艦隊の空母は艦載機を全力で発艦させ、戦艦部隊の護衛と好機あらば敵艦隊への襲撃を行う。
○
「日本軍は艦載機を大量に出してきています! 合計で千機を超えています!」
「確かに、戦艦が艦隊から離れれば、対空砲火は薄くなる。これほどの数に空から攻撃されれば一溜りもないだろう」
アメリカ軍も日本軍も、輪形陣を基本として空からの攻撃に備えることを第一にしてきた。その陣形から外に出るということは、航空隊の援護なしには生きて帰れないということである。
「しかし閣下、それは敵も同じことでは?」
「確かにな。だが、我々が制空権を取ることは、恐らく不可能だろう。日本軍と真正面から航空戦を挑めば、押し負けることは間違いない。そうなれば、我が方は航空援護を失った状態で戦わざるを得なくなる」
「はっ……」
「とは言え、ここで引き籠っている訳にいくまい」
シャーマン大将はそこで、艦橋にいるレキシントンと電話を繋いだ。
「――レキシントン、日本軍から戦艦を守ることは可能だと思うか? 君の見解を聞かせてくれ」
『そうだね。こちらが戦闘機だけ出して守りに徹するなら、何とかなると思うよ』
「なるほど。戦艦を攻撃したいのなら爆撃機や攻撃機が必要な分、集中が乱れるということか」
『ご名答。それくらいすれば、敵を追い払うくらいはできるだろうね』
「分かった。ありがとう」
『どういたしまして』
電話を切り、そしてシャーマン大将はレキシントンの提案通り、全ての空母に艦上戦闘機のみを発艦させるように命じた。およそ450機のF9Fが戦艦の上空を舞い、日本軍を待ち受ける。
○
両軍が動き始めてからおよそ30分が経過した。草鹿大将は戦艦同士の戦いが始まるまでは艦内の司令室にいることにしていた。
「敵は戦艦の直掩機をありったけ出してきているようです」
「こちらから攻撃するのは無理そうだな。まあいい。別にそれは期待していない」
「敵は、戦艦を二手に分けているようです。それもお互いの距離は50km以上離れており、同じ戦場で戦うつもりはないものかと」
戦艦を二手に分けるとなると普通、比較的低速の部隊と比較的高速の部隊とを用意して上手いこと丁字戦法に持ち込むものだが、そういう訳ではないらしい。アメリカ軍は全く別の戦いを2箇所で起こしたいようだ。
「なるほど。和泉型とハワイ級の会戦と、それ以外の会戦を分離したいということか」
「となれば、第二戦隊は三対六の戦いを強いられますね……」
「その通りだ。和泉とハワイの戦闘は相当な泥仕合になるだろう。第二戦隊の方が心配だな……」
もしも第二戦隊が負ければ、和泉型はハワイ級との戦いで動けないので、機動艦隊本隊が敵戦艦の一方的な攻撃を受けるだろう。巡洋艦や駆逐艦で全滅させることは十分に可能だが、大きな損害が出ることは間違いない。
「武蔵に旗艦を移されるのはいかがでしょうか? 第一戦隊はわざわざ大将閣下が直卒なさらなくても問題はないかと」
大和型戦艦もまた連合艦隊旗艦たることを前提に建造された艦である。もちろん時系列で言えば和泉型が大和型の設計思想を踏襲している訳だが。
「あり得なくはないが……敵前で旗艦を変えるなどみっともない。私がここを動く訳にはいかない」
「これは失礼を」
「だが、第二戦隊を完全に武蔵に一任するべきか……」
「武蔵は実戦経験がありませんから、不安は残りますね」
「そうなんだ。彼女を疑っている訳ではないが、全幅の信頼を置けるとは言い難い」
もちろん再建造される前に人間の軍艦としての実戦経験はあるが、再建造された後は一切の実戦経験がないのである。
「だが、岡本技術中将が言うには、船魄はただの艦だった時の記憶を持っているらしい。今でも信じ難いが」
「船魄の思い込みとかと解釈した方が妥当だと思われますが……」
「私もそう思うよ。しかしそういうことを感じる節がない訳ではない。ここは、武蔵を信じることにしよう」
草鹿大将は第二戦隊の指揮を武蔵に一任すると決定し、自身は和泉と共に第一戦隊の指揮を監督することにした。