夜襲 終結
夜襲は終わった。全ての艦が迅速に撤退する中で、島風は今回同じ駆逐隊で働いた吹雪に通信を掛けた。
『吹雪、今日の調子はどう?』
『誰か、沈んだの?』
無線機から聞こえてきたのは凍てつくような冷たい声であった。
『さあね。他の艦隊のことは分からないよ』
『また、誰かが沈んだ……。私の可愛い妹達……』
『まあ、これほど大規模な戦いになると、駆逐艦の何隻かは沈んでいてもおかしくないよねー』
『誰が沈んだの?』
吹雪は島風の言葉に全く応じず一方的に問い詰める。
『まだ分かんないって』
『誰が沈んだの? 教えて?』
『あー、やっぱりダメみたいだね。また今度、吹雪』
『ねえ、誰が――』
全く成り立っていない会話を島風は無理やり打ち切った。狂気じみた会話を聞かされて、峯風は恐れ慄いていた。
「お、おい、今のは何なんだ?」
『何って、吹雪型駆逐艦一番艦の吹雪ちゃんだよ』
「そんなことは分かってる。吹雪は一体どうしたんだ? マトモに会話できるようには聞こえなかったが」
『ああ、そうなんだよ。吹雪ちゃん、妹愛が強すぎて病んじゃっててね。偶に会話に応じてくれたりするんだけど、今日は無理そうだねー』
吹雪型から島風型まで、秋月型を除いた全ての駆逐艦は基本的に吹雪型の設計を踏襲しているので、吹雪は妹と認識しているらしい。
「よくこれまで普通に戦ってたな……」
『普通の会話はまるで成り立たないけど、命令すると聞いてくれるんだよ』
「そ、そうなのか……」
当然のように語る姉にもドン引きしつつ、峯風は吹雪についてこれ以上触れないことにした。
○
「――我が軍の損害は、駆逐艦三隻が轟沈、戦闘継続不能は重巡洋艦一隻、軽巡洋艦四隻、駆逐艦三隻のみです」
「――戦果を集計し終えました。戦艦3、重巡洋艦11、軽巡洋艦14、駆逐艦22を撃沈ないし撃破しました。戦艦以外については誤差があると思われますが、戦艦3隻の撃沈は確実です」
「素晴らしい戦果だ。よくやってくれた」
夜襲の戦果はまさに圧倒的であった。草鹿大将もこれにはご機嫌である。この規模の戦いにしてはほとんど犠牲なしに、敵艦隊に大打撃を与えることができた。唯一の懸念事項であった戦艦の数を大きく減らすことができたのだ。
「しかし、依然として敵には16インチ砲艦が6隻存在します」
「確かに、こちらは和泉型を除けば武蔵と土佐と天城だけで数は負けている。だが、その程度しか差がないのであれば、アメリカ軍に打てる手は限られている。戦艦で海上特攻するのは不可能になっただろう」
こちらが一隻ずつ迎え撃ったとして、自由に動ける戦艦は3隻。たったのそれだけで艦隊に突入しても、圧倒的な戦力差に一瞬で粉砕されるだけだろう。国連艦隊は完全に優位に立ったと言える。
○
アメリカ第1艦隊も損害を把握し、そして司令部は絶望的な空気に包まれていた。
「――戦艦三、重巡洋艦九、軽巡洋艦十五、駆逐艦十九が轟沈もしくは戦闘継続不能です」
「これだけの艦を沈められて、敵に与えられた損害は駆逐艦5隻未満か……。まるで一方的な虐殺だな……」
「え、ええ。そうとしか、形容しようがありませんね……」
「これで戦艦に自爆攻撃させる案は消えた。コメットも既に無力化されているに等しい。我々には、何が残っていたかな」
「依然として、我が方は戦艦の数で敵を上回っています! ここは正々堂々と艦隊決戦を挑み、勝敗を決しましょう!」
「それが一番現実的な作戦かもな……」
「いえ、ここは、航空戦力で勝負を着けましょう。敵軍もレーダーが壊れているならば、奇襲で一気に敵を壊滅させることは可能です。第一次ミッドウェー海戦の再現のように」
「確かに奇襲はできるかもしれないが、日本軍の対空砲火は15年前とは段違いだ。一千機で襲いかかっても勝てるか怪しい和泉型を筆頭に、敵の能力は非常に向上している。それに、敵のレーダーが本当に無力化されているのかは分からない」
「はっ……」
「やはり勝機があるのは艦隊決戦か。上手くやれば、勝てる可能性は残っている……」
シャーマン大将は内心では全く勝てる気がしなかったのだが、そう自分に言い聞かせていた。
○
さて、夜襲が終わった後の夜は静かであった。国連軍アメリカ軍共に何ら動かず、静かに休息を取っていた。最終的に戦況が動き出したのは翌日の昼頃であった。
『赤城! 敵の戦艦が動き出したよ!』
艦上偵察機を飛ばしている蒼龍から赤城に報告が入った。連合艦隊が敵の戦略爆撃機を落としたせいで富嶽が使えなくなってしまったので、空母の偵察機に頼らざるを得ないのだ。
「わ、分かった……。数は……?」
『うーんと、戦艦が9隻だね。それに随伴の駆逐艦が、それぞれに2隻づつくらい』
「敵の戦艦全部……。報告、ありがとう……」
『こんな簡単な任務で褒められたくないよ!』
「え、えぇ……?」
『せっかく赤城ちゃんに褒めてもらっているのに、その態度はいけませんよ〜?』
「よく分からない擁護の仕方……」
『そうやって二航戦を舐めて……! 首を洗って待ってなさい、一航戦!』
「私も……?」
『蒼龍、あまり赤城をいじめてはいけないよ』
とにもかくにも、敵軍が保有している戦艦全てが動き出したのである。赤城はすぐさま連合艦隊司令部にこれを報告した。