レキシントン
「敵軍の空母が発艦を始めました!」
「やはり航空戦をするつもりか」
アメリカ軍のB47爆撃機は、第一航空艦隊から大量の艦載機が発艦したのを確認した。両軍の上空1万5千mにはそれぞれの偵察機が飛び回っているので、何か行動を起こせばすぐに知れるのである。
「如何されますか?」
「敵が何機出すつもりかは分からないが、取り敢えず、こちらも戦闘機を出しておこう。出せるだけ全部だ」
「はっ!」
そうこうしているうちに日本軍は艦載機の発艦を終える。
「敵の航空隊はおよそ400機! かなり大規模な攻撃です!」
「400か……。確かに大規模だが、しかし我が艦隊にトドメを刺すには不足している。そもそも一個艦隊しか動かしていないのも気になるが……」
日本軍はこれでも空母の3分の1しか動かしていない。本気でアメリカ軍に打撃を与えようとしているにしては、中途半端な兵力の出し方だ。
「まあいい。こちらも迎撃隊を出す。相手に合わせて、戦闘機が200もいれば十分だ」
「はっ!」
かくして両軍合わせて600機が出撃し、両軍の中間地点で交戦状態に入る。シャーマン大将はそれと同時に、数名の士官を連れてレキシントンの艦橋に上がっていた。最も早く正確に戦場の様子を知るには、今まさに戦っている船魄に聞くのが手っ取り早いからである。
レキシントンの船魄は、黒い長髪と灰色の目、そして頭に大きな黒い帽子を被った独特の出で立ちの少女である。そしてその性格は、他人への気遣いというものが全くない孤高なものであった。
「――交戦を開始した。敵の攻撃機を狙うよ」
「ああ。それでいい」
一先ずは艦隊にとって脅威となる攻撃機や爆撃機を集中攻撃する。だが首尾は良くなさそうである。
「敵は逃げてばかりだ。何を考えてるんだろうね」
「攻撃機が逃げるのは当たり前だと思うがね」
「こっちに向かってくる気概というものを感じられないんだよ」
「それは妙だな……」
シャーマン大将には知る由もないが、蒼龍の艦載機を除いた航空隊はそもそもアメリカ艦隊に攻撃を仕掛けるつもりがなく、同じ場所をグルグルと回ってアメリカの戦闘機から逃げ回っていた。お陰で両軍共にほとんど被害が出ない。
「おっと、敵の一部が急に走り去っていった」
「こちらに向かってくるということか?」
「ああ、そうだよ」
「もうちょっと焦っている感じを出して欲しいのだが……」
言っているうちに、蒼龍の航空隊70機ばかりが突出して艦隊に攻撃を仕掛けてきた。シャーマン大将はすぐさま伝声管で司令部に『全艦に対空戦闘を用意させよ』と伝えた。
アメリカ軍はそもそもの陣形が巨大な輪形陣であり、敵航空戦力への対処を最優先している。準備はすぐさま整い、各部隊の判断で対空戦闘が開始される。シャーマン大将は司令部に戻るべきか一瞬悩んだが、ここにいることにした。
「前衛部隊が攻撃を受けています!」
数層に渡る迎撃ラインの一番外側が攻撃を受けた。戦略的に見れば大して意味のない攻撃だと言わざるを得ない。
「駆逐艦デイヴィス、撃沈されました!」
「対空戦闘はどうなっている!」
日本軍の予想外の行動にシャーマン大将が焦っていると、レキシントンは世間話でもするような危機感のない口調で応える。
「調子は悪くないと思うよ。もう20機くらい落としているし。デイヴィスは運が悪かっただけだよ」
「……そうか。日本の船魄相手にも、それなりに相手ができるようだな」
シャーマン大将は日本軍との技術差が隔絶している訳ではないと知って少しだけ安心したのだが、レキシントンはその安堵に水を指す。
「敵はたったの50機しかいないからね。それを滅多打ちにすれば、有利に決まっているよ」
「……余計なことは言わなくていい」
「余計なことだったか。おや、敵が撤退していくよ」
「どうやら威力偵察だったらしいな。我が軍の実力を測りに来たか」
日本軍は駆逐艦一隻を撃沈したところで一斉に帰っていった。まるで竜巻のように一瞬の出来事であった。
「レキシントン、敵は強いと思ったか?」
「私は互角くらいかな。でも、私とサラ以外の子は、同じ数なら間違いなく負けるだろうね」
「そうか……。分かった」
シャーマン大将は航空戦で勝利を掴むのは厳しいと再認識した。
○
一方で連合艦隊の方でも、アメリカ軍の対空戦闘能力の高さに驚かされていた。
「草鹿、蒼龍が30機を失ったそうだよ」
「なかなかの被害だな」
「アメリカ軍の船魄なんて雑魚ばかりなのにねえ。蒼龍の実力が低いのかな?」
「いいや、そんなことはあるまい。アメリカ軍の装備が優れているということだろう。船魄の実力差を埋め合わせるほどにな」
「じゃあ海軍省は兵器開発をサボっていたということかな?」
「確かに高角砲の開発において後塵を拝していることは否定できないが、君を設計したのは海軍艦政本部なんだぞ?」
「確かに。それはそうだ。私という世界最強の戦艦を設計していたら、他のことに手が回らないのも仕方はないか」
「まあ、そういうことだ」
かなり事実と異なっているが、草鹿大将はそういうことにしておいた。
両軍共に航空戦力だけで勝敗を決するのは厳しいと判断し、砲撃戦に移行することを試みて、再び距離を詰め始めた。両艦隊は100kmの距離まで近づき、睨み合いを始めた。