女神の盾
「閣下、コメットの発艦を確認しました」
「また来るか。これほどに人命を軽んじる国だとはな……」
阿部少将はアメリカの第五次特別攻撃隊が出撃したとの報を聞いて溜息を吐いた。
「もう無駄だと思うんですがね。敵は何を考えているんでしょうか」
糸川博士は冗談めかして言うが、阿部少将は深刻に受け止めたようだ。
「確かに、今コメットを使うのは無駄そのものです。両軍が交戦を開始して陣形が乱れた時など、使うべき時は他にある筈。それでもコメットを出陣させるのは、目的と勝算があってのことと考えられます」
「勝算、ですか。そんなものがあるようには思えませんが……」
糸川博士はあくまで技術者であって戦術の問答などはできないが、しかし何か嫌な予感はしていた。
90機のコメットは仁淀から300kmにまで進出し、仁淀は機械よりも機械的に迎撃を開始する。いつも通りに目標を設定し、全てのミサイルを発射し、直ちに再装填が開始される。だがそこで、仁淀が自分から口を開いた。
「今回の敵は、高度が低い。海面から10mもないところを飛んでいる……」
「何だって? それはつまり……何を考えてるんでしょうか?」
「和泉や他の戦艦を飛び越えるつもりがないということです。つまりは、目標は空母ではない。いや、それどころか――」
「まさか我々が目的ですか?」
「恐らくは。確かに本艦を沈められれば、アメリカ軍はコメットで一方的に我々を叩くことができます」
「だ、大丈夫なんですか?」
まさか自分が標的にされるとは思わず、糸川博士は顔を青くしている。まあ軍人でもなければそう反応するのは普通のことだろう。
「絶対に大丈夫とは保証できませんが、仁淀が直接狙われることも想定内です。そうだな、仁淀?」
「想定した訓練はしている……」
「うむ。それで十分だ」
海面スレスレを飛ぶコメットの群れは40機を切って、艦隊は高角砲で迎撃を開始する。ここまで近づいても高度を上げるつもりはないようなので、やはり狙いが仁淀であることは間違いないだろう。
「敵機まで40km! 残存30!」
「20km! 残存25!」
「10km! 残存20!」
そして数秒でコメットと仁淀の距離は5kmを切った。艦隊は機銃による迎撃を開始して、瞬く間にコメットが落ちていく。だが全てを落とし切ることはできない。
「こ、こっちに突っ込んでくる!」
5機ほどのコメットが、艦橋の人々の肉眼でも捉えられる距離に迫った。しかし、コメットの不幸な兵士は知らないだろうが、その先に待っているのは死のみなのである。
「近接戦闘……」
仁淀はぼんやりと敵を眺めながら呟いた。次の瞬間、けたたましい銃声と光が艦橋を襲った。そして目を開けた時には、コメットは全て爆発四散していた。コメットだった欠片が幾らか仁淀に飛んできて、甲板上に転がった。
「本艦に損傷なし……」
「お、おお、凄いぞ仁淀!」
「…………」
「君を褒めても無駄、か。しかし、我が軍初のガトリング砲、これほど効果的とは」
「これは軍機ですが、一五式他砲身機関砲の発射速度は秒間50発です。これに近づけば、どんな物体でも跡形もなく破壊されます」
秒間40発の発射速度を誇るドイツのリボルバーカノーネに刺激を受けた帝国海軍は、更なる射速が出せる兵器の開発に着手した。そこで注目されたのが、帝国陸軍黎明期に極小数が使用されたガトリング砲であった。旧台湾総督府が保管していた骨董品のガトリング砲にモーターを取り付けて射撃してみたところ、機関銃並みの射速が出たのである。
ガトリング砲がこれほどの射速を出せるのは、6連装の砲身を代わる代わる使うことで銃身の加熱を6分の1に抑えられているからである。一五式機関砲は動く弾薬庫である仁淀に敵を一機たりとも近寄らせないことを目的に装備されていたが、コメットに対しても非常に有力な兵器であった。
○
「第五次特別攻撃隊、全滅!」
「敵ミサイル艦そのものにも、未知の対空兵装が搭載されているようです」
「コメットを確実に撃ち落とせる機関砲、か。そんなものがあるとは、どこにも隙がないじゃないか……」
シャーマン大将はいよいよ打つ手がなくなってしまった。
「しかし、ミサイル艦の目前にまで到達することはできたのです。もう一度やれば、或いは……」
「いいや、やめておこう。そんな可能性の低い賭けをする訳にはいかない」
「はっ……」
「たった一隻にコメットを無力化されてしまうとはな。まるでイージスの盾のようだ」
「ギリシャ神話ですか?」
「ああ。あらゆる厄災を振り払う盾のことだ。名前は分からないが、このミサイル艦を形容するには相応しい」
「イージス艦と言ったところですね」
コメットによって日本軍の戦力を削り、少しでも戦力差を埋めた上で決戦に望むというのが、アメリカ海軍の当初の作戦であった。だが、特攻は今や日本軍には通じない。