仁淀
アメリカ海軍第1艦隊司令長官のシャーマン大将は、艦隊旗艦を空母レキシントンに置いていた。1942年に翔鶴に沈められたレキシントン級一番艦であるが、まさにその時の艦長がシャーマン大将であった。自らの指揮の下で沈んだ艦に再び乗り込んでいるという奇妙な状況であった。
「第二次特別攻撃隊、洋上にて合流に成功しました」
「こんな状況で、よくやってくれているな……。もう感謝を伝えることもできないが……」
コメットはただ真っ直ぐ飛ばすだけなら誰にでもできるが、加減速や急な旋回は難しい。これを制御できるのはエンタープライズ並みの能力を持っている船魄だけであるが、そんな船魄は西海岸にはいないので無人型にするメリットがなく、コストの低い人命を消費している。
しかし、徴兵した学生などに自爆せよと命令すれば瞬く間に部隊が崩壊することは明らかだったので、今回は退役したパイロットなどから特攻志願者を募ることにした。徴募した者もいるが、志願兵と半々くらいであれば反乱も起こらないのだ。
「敵艦隊まで1,000kmを切りました」
「60機でギリギリだったんだ。90機であれば、確実に敵の空母に一撃加えることができる筈だ」
「そう願いたいものです……」
「しかし、日本軍は未だに艦載機を出していないのか?」
「偵察機からの報告では、そのようです」
「圧倒的に速度に劣るとは言え、それなりの数を落とせることは、彼ら自身が証明している。それなのに、どうして戦闘機を出さないんだ……?」
コメットと交戦した経験があるのは信濃と大鳳くらいであるが、その二人が特異な能力を有している訳でもない。日本の平均的な船魄と艦上戦闘機飄風があれば、コメットを落とすことは十分に可能だ。
「燃料を節約したいから、でしょうか?」
「航空機の燃料の消費など大した量じゃない。それを惜しんで空母を撃沈されるなど、あまりにも馬鹿馬鹿しい」
「確かに……」
「であれば、何か別の兵器でもあるのでしょうか?」
「別の兵器、か……」
和泉型戦艦の主砲より射程が長くコメットに有効打を与えられる兵器、ということになる。シャーマン大将には核兵器くらいしか思い付かなかった。
それからおよそ15分。コメットは500kmを飛翔し、敵艦隊までの距離は500kmを切る。と、その時であった。
「か、閣下! コメットからの信号が次々と消滅しています!」
「何だって?」
コメットは自爆するその瞬間まで特定の電信を送り続けるよう設計されている。今は観測機が飛んでいるのでそれほど必要ないが、コメットが途中で撃墜されたか突入に成功したかを推測する指標の一つである。
「こ、これは……既に10機が通信途絶しています!」
「またです! 今度は8機、一気に消えました!」
「な、何が起こって……。観測機からの報告はどうなっている!?」
「しょ、少々お待ちを……」
状況は混乱しており、情報も錯綜している。第1艦隊の幕僚達は3分ほどでようやく状況を把握した。
「観測機からの報告では、敵艦隊の方向から非常に高速の何かが飛んできて、コメットを撃ち落としたとのことです」
「……何だそれは?」
「さ、さあ、正体は何とも」
「閣下! またコメットからの信号が消えました!」
「そんな馬鹿な……」
国連艦隊から50kmに到達する頃には、コメットは42機まで減らされていた。そんな数で連合艦隊の対空砲火を突破することなど到底不可能であり、全機が何の成果も出さずに撃墜されたのであった。
○
コメットを撃ち落とした何か。それを発射した艦は異形の艦であった。軽巡洋艦程度の船体には主砲塔が一基しかなく、上甲板には刺股のような機械が大量に並べられている。
「よーし! よくやった、仁淀! 対空ミサイルの時代の幕開けだ!」
その艦の名は仁淀であり、その艦橋で大はしゃぎしているのは日本初の実用的な対空ミサイル『一四式対空誘導弾』の開発者、糸川英夫博士であった。
「…………」
大褒めされた黒髪の少女、仁淀の船魄はしかし、糸川博士を馬鹿を見るような目で見つめているだけで、何も反応しなかった。
「……君自身の成果なんだぞ? 少しは喜んだりしないのか?」
「喜ぶ……? それは仕事じゃない」
「確かにその通りだがね……」
糸川博士が困惑していると、間に割って入る男が一人。仁淀の艦長、阿部俊雄少将である。仁淀は諸事情あって人間の兵士を百人ほど乗せているので、艦長が必要なのだ。
「まあまあ、糸川博士。そのくらいにしてやってください。彼女はまだ、産まれたての赤ん坊のようなものなのですから」
「そうですね。つい興奮してしまいました」
「その気持ちは分かりますよ。実際、コメットを無力化する目処が立ったのですから」
「ええ。コメットをミサイルと呼ぶならば、アメリカがミサイルを独占する時代は終わったんです」
コメットは制御装置が人間であることに目を瞑れば世界初の実用的な対艦ミサイルであった。だが、ミサイルはミサイルによって打ち破られるのである。