コメットの攻撃Ⅱ
第一航空艦隊は空母と多少の護衛で編成された臨時部隊であり、その旗艦は赤城である。赤城は加賀以外の人と話すこと全般が嫌いなので、旗艦など以ての外だったのだが、連合艦隊司令部に直談判するのもまた嫌であった。
しかし、赤城が恐れるのは人と話すことであって、戦場を恐れることも敵を恐れることもない。
「全艦機銃で迎撃……」
旗艦にしては覇気のない、どころか消え入りそうな声で命令をくだすが、次の瞬間には第一航空艦隊全艦の機関砲が一斉に火を噴き、艦隊上空に濃密な弾幕を張った。しかし、彼女達が迎撃に使える時間は10秒もなかった。
コメットを肉眼で確認できた次の瞬間には、勝負は決まっている。赤城の左舷を巨大な水飛沫が覆った。
『赤城ちゃんッ!!』
加賀が無線機を破壊しそうな声で叫ぶ。
「落ち着いて、加賀。ただ、すぐ近くに落ちただけ。水中で爆発したから、多少の損傷はあるけど」
『……すみません、取り乱しました。ですが、赤城ちゃんを傷付けた奴らは、皆殺しにしないといけませんね〜』
「それは、連合艦隊が決めること」
『連合艦隊ですか〜。直掩機も出させてくれないし、そのせいでこんな危ない目にあったし、一体何を考えてるんでしょうかね〜』
コメットが発射されたと分かってから、艦上戦闘機を発艦させる時間は十分にあった。にも拘わらず連合艦隊司令長官は一機の航空機も上げず、高角砲と機銃だけで迎撃するよう指示した。そのせいで赤城が危険な目にあったのである。
「60機を相手に、わざわざ戦闘機を出そうとは、思わないのが普通」
『そうですか? もしも哨戒部隊が標的になっていたら、あっという間に撃沈されていたでしょうに』
「……敵にとって、ミサイルは貴重。駆逐艦を沈める為に消費は、しない筈」
『なるほど〜。流石は赤城ちゃんです〜』
「……別に、大したことじゃない。反撃できないのは、不快だけど」
『遥々千キロ動かないと攻撃できないですからね〜』
簡単な話で、コメットは片道分の燃料があればいいが、普通の艦載機は往復の燃料が必要なので、コメットの航続距離は通常の航空機の倍なのである。
『空をハエみたいに飛び回っている連中を落としたいんですけどね〜』
「偵察機……。確かに、あれがなければ、これほど遠距離での攻撃は不可能、だけど」
コメットと言えど発射から命中まで90分はかかるが、それだけあれば鈍重な軍艦と言えど数十kmは余裕で動ける。常にこちらの位置を把握していなければ、コメットによる攻撃は不可能なのである。
『落としてはダメなんですかって、司令部に聞いてみてくださいよ〜』
「……私が?」
赤城は心底嫌そうに応えた。
『だって、赤城ちゃんは旗艦なんですから〜』
「そ、それは、そうだけど……」
『第一航空艦隊の為にも、よろしくお願いします〜』
「意地悪……」
赤城は嫌々ながら偵察機の撃墜を具申したが、草鹿大将はその提案を却下した。
○
「たったの60機でこれほど濃密な対空砲火をくぐり抜けられるとは驚きだ。だが同時に、対空砲火のみで十分防げることも証明された」
草鹿大将は今回の攻撃について和泉に説明していた。
「だけど、ほんの数mズレていたら、赤城が大破していたかもしれないよ?」
「確かにそれも事実だ。少し運が傾けば、空母が直接に攻撃を受ける可能性がある。他の艦隊が狙われた場合も防ぎ切れるかどうかは分からない」
「第二機動艦隊には伊勢と日向と武尊がいるし、第三機動艦隊には土佐と天城と霊仙がいるし、何とかなるんじゃないかな?」
武尊型大巡洋艦の武尊と霊仙は、和泉型と大和型に次いで高角砲を山盛りにしている艦だ。クロンシュタット級と同様、対空砲火には期待できる。
「確実とは言えない。だが同時に、最初からある程度削っておけば確実に落とし切れるとも言える」
「ある程度って?」
「先程の調子だと、50kmまで近寄られた時点で40機ほどであれば、ほぼ全て落とし切れる筈だ。まあ所詮は確率論だが」
「へえ? 艦上戦闘機を山ほど出して落とさせるのかな?」
「それでは効率が悪い。こちらの戦闘機ではほんの一瞬しか交戦できない」
「それは知っているけど、じゃあどうするつもりなのかな?」
「これまでずっと秘匿してきた切り札を、ここで使おう。世界に我が国の技術力を見せつけるにはこれ以上ない舞台だ」
「仁淀のことかな?」
「ああ。元よりコメットを想定して、ここに連れてきている」
「楽しくなりそうだね」
和泉は笑った。それからおよそ30分で、アメリカ軍はコメット隊の発艦を再び開始した。
「コメット、60機が一斉に発艦。しかしなおも作業は続けられている模様」
「波状攻撃でもする気か。一纏まりで来ないと意味はないというのに」
「先に出たコメットがゆっくり進んで、後に出たコメットが追いつけばいいんじゃないかな?」
「そんな能力があるとは確認されていないが……ないとは言い切れないな」
和泉の予想は悪い方が当たった。二つの編隊が空中で合流し、およそ90機の大編隊になったのである。