コメットの攻撃
「空軍から報告! 敵機の数はおよそ60!」
「て、敵機の速度は一千ノットを超えているようです!」
「やはりコメットか……」
和泉に有効打を与えたただ一つの兵器なのだ。アメリカ軍が積極的に運用してくることは目に見えていた。この展開は連合艦隊司令部と草鹿大将の予想の範囲を超えてはいない。
「敵の目標を絞れるか?」
「これほどの距離では、何とも……」
「そうか。敵の狙いを見てから陣形を再編する時間はない。全艦隊、現状の輪形陣を維持せよ」
国連艦隊の陣形もアメリカ海軍の陣形と似たようなもので、空母を中心とする輪形陣である。但し帝国海軍の場合は全体を三つに分け、三つの大きな輪形陣を構成していた。それぞれの艦隊に和泉型戦艦が一隻ずつ配備されており、それぞれに第一・第二・第三機動艦隊と名前が付けられている。
「……今度こそ、皆殺しにしてあげよう」
「今回の戦力があれば、十分可能だろう」
この大海戦において60機の編隊というのは随分と少ない。これはコメットが直進しかできず、上空で僚機の発艦を待っていることができないからである。空母から一気に発艦させられる最大数が一編隊の最大数を制約しているのだ。
コメットは90分ほどで間合いを詰めてきた。やはり驚異的な速度である。コメットとの距離が300kmを切った時点で、その目的がここ第一機動艦隊であることが判明した。
「前線哨戒部隊が交戦を開始!」
「数機くらい落とせれば十分だな」
艦隊から100kmほど突出して警戒を行っている秋月型駆逐艦照月と夏月がコメットとの交戦を開始した。これは本当に警戒監視が任務なので、草鹿大将も戦果を期待してはいない。コメットの方も駆逐艦の為に命を消費したくはないようで、彼女達は完全に無視して通り抜けていった。
「照月より入電。撃墜確実5機」
「思ったよりよくやってくれているな」
「敵機、まもなく我より50kmに到達します!」
「よし。第一機動艦隊全艦、各個の判断で攻撃を始めてよろしい」
人間が下手に介入するより船魄達にまたせた方がよいと草鹿大将は決め込んでいた。
第一航空艦隊を直接護衛している主力艦は和泉と武蔵である。そしてその前面を守るのは重巡那智・足柄・羽黒に、ソ連の重巡洋艦クロンシュタットとセヴァストポリが加わっている。三隻の重巡は言わずもがな妙高の妹達であり、クロンシュタット級は武尊型大巡洋艦と同様3万トンの巨体を持つ大型巡洋艦である。
『草鹿、迎撃を始めるよ』
艦橋の和泉から草鹿大将に通信が掛かってきた。船魄からの無線電話は草鹿大将と周囲の十数名くらいには聞こえる音量で鳴らされる。和泉が報告してきたのは、自分が発砲することで艦内に多少の影響があるからだ。
「すぐに始めてくれ」
『ああ。皆殺しにするよ』
和泉は51cm砲9門による一斉射を開始した。その轟音は艦内にも届くが、取り立てて影響はない。和泉は十分に安定するよう設計されているので、艦体が揺れることもない。
『こちらヴェールヌイ。我が軍のクロンシュタット級も参加させてもらうよ』
「ああ、存分に暴れてくれ」
『もちろんさ』
クロンシュタット級は250mという加賀型戦艦並の全長を持つ艦だ。防御力は戦艦に比べると遥かに低いが、対空戦闘には秀でている。第一機動艦隊の護衛に就いてもらったのもそれ故である。
「武蔵も砲撃を始めました」
「妙高型三隻も砲撃を開始」
「順調に敵機を落とせています。目視では20機の撃墜が確認できました」
「よし。いいぞ……」
上空で三式弾が炸裂しまくっているせいで対空電探は使い物にならず、防空指揮所に上がった士官の目視による観測に頼るしかないが、和泉までの距離が15kmを切った時点で敵の半分を落とすことに成功したようだ。非常に順調である。
まもなく各艦の高角砲がコメットを射程に捉える。和泉の片舷16門の長10cm砲と12門の12.7cm砲は強力だが、妙高型達も12.7cm砲を合わせて48門持っているし、クロンシュタット級も合わせれば更に大量の高角砲が加わる。
敵の数倍の高角砲が一気に火を噴き、瞬く間に敵を落とす。だが撃墜とは確率論だ。敵の数が減れば減るほど、撃墜のペースは落ちていくものである。
「敵機、残り20を切りました!」
「敵機までの距離、5kmを切る!」
「頼むぞ……」
コメットが5kmを通過するのに10秒しかかからない。だがその一瞬に、全艦の機銃が一斉に火を噴いた。何百門あるのか数える気にもなれない機関砲の弾幕の真ん中に突入すれば、瑞鶴の艦載機でも生きては帰れまい。
だが、生きて帰るつもりのないコメットは、僅かながらも生き延びてしまった。
「4機が突破しました!」
「やはり狙いは空母か……!」
最後に生き残った4機のコメットは和泉の上空を抜けていった。和泉の後方に控えている第一航空艦隊が狙いであることは間違いない。コメットにとってはすぐ後ろにいるも同然である。