史上最大の海戦
一九五六年四月二十五日、北太平洋。
国連艦隊の目標はベーリング海峡の安全を確保することである。ベーリング海峡さえ押さえればアラスカからカナダを通ってアメリカ本土に攻め込むことが可能になる。真珠湾を出撃した国連艦隊は北上して、決戦の地はアリューシャン列島周辺になるであろう。アメリカ海軍もまた総力を挙げて国連艦隊を迎え撃つつもりである。
さて、国連艦隊とは言っても、実質はほとんど大日本帝国の連合艦隊である。ソ連海軍からは太平洋艦隊のそれなりの戦力が参戦しているが主力艦は一隻もなく、ドイツとイタリアからは申し訳程度の駆逐艦が数隻、中華民国からも軽巡洋艦が四隻のみの参戦となっている。
全軍の実際の指揮を執るのも連合艦隊司令長官草鹿龍之介大将であり、連合艦隊司令部の場所も変わらず和泉の艦内である。アラスカから南に2,500kmほどの海域で、連合艦隊は足を止めた。
「富嶽からの報告は?」
帝国空軍の超大型戦略爆撃機たる富嶽は、地球を無補給で一周できる長大な航続力を持っている。偵察には持ってこいである。
「空軍からの報告は、依然変わりません。アメリカは西海岸にあるほぼ全ての艦艇を出撃させているとのことです」
「未知の敵などはいないようでよかった。引き続き確認を続けるよう、空軍に要請を。絶対に不測の事態があってはならない」
「はっ!」
と、その時であった。アメリカ軍も同じようなことを試みているらしい。
「閣下、北東300kmにアメリカ軍の戦略爆撃機を確認しました」
「偵察だろう。放っておけ」
「よろしいので?」
「ああ。お互いに偵察機を落とし合っていては泥沼だ。ここは紳士的に戦うこととしよう」
アメリカ軍が富嶽を無視しているのは、偵察機を落とすのはやめておこうというアメリカ軍の意思表示だ。それに乗らないのは武人のあるべき姿ではない。
お互いに2,000km以上の距離を保ちつつ、両軍は睨み合う。偵察機やレーダーの技術が隆盛しているこの時代、先の大戦のように五里霧中で敵を探し回る必要はない。敵の戦力、陣形はお互いの知るところなのである。
しかし国連艦隊もアメリカ艦隊も、戦端を開くことには消極的であった。この戦いは紛れもなく史上最大の海戦である。どれほどの被害が出るのか想像もできない。そんな腑抜けた様子に苛立ったのか、和泉が司令部に降りてきた。
「やあ、草鹿。元気にしているかな?」
「私は元気だ。何をしに来た?」
「そろそろ偵察も済んだと思ってね。敵はどのくらいいるのか、教えてくれるかな?」
「もちろんだ」
草鹿大将は和泉を司令部の真ん中の大机に手招きした。その上には赤い大小の駒が何十と並んでおり、それがアメリカ艦隊の陣形を表していることはすぐに見て取れた。
「これがアメリカ軍かな?」
「そうだ。敵は、空母機動部隊を囲むように巨大な半円状の陣形を構築している。空母の外側には戦艦が並んでおり、その外には巡洋艦や駆逐艦などを主とする哨戒部隊が並んでいる。陣形は半径が概ね25kmの巨大なものだ」
「へえ。全員で空母を守って、航空戦力だけで何とかしようとしているのかな。無謀だね」
船魄の恩恵は航空機より艦砲に大きいし、船魄を抜きにしても高角砲や機関砲の管制技術は大きく発展しており、空母が絶対的に有利な時代ではなくなっている。
「確かに、この陣形を見る限りはそう思われるな。だがアメリカにはそれが実現できるほどの強力な兵器がある」
「コメットか。不愉快だね」
「あれへの対処は、まだ確実ではない。こちらの空母が狙われた場合、大きな被害が出る可能性がある」
「そうだね。私でも迎撃しきれなかったんだから」
「それと、もう一つ懸念点がある」
「コメット以外の戦力で何かができるとでも?」
「敵はハワイ級戦艦三隻の他に、サウスダコタ級戦艦四隻、ノースカロライナ級戦艦二隻、コロラド級戦艦三隻を揃えている」
コロラド級は41cm砲8門で長門と同等、ノースカロライナ級とサウスダコタ級は41cm砲9門を備えた長門より強力な戦艦である。
「ほう……。確かに、私達は結構不利かもしれないね」
両軍の切り札である和泉型戦艦とハワイ級戦艦は、お互いと戦い合うだろう。それ以外の戦艦を数えてみると、実は連合艦隊は41cm砲を持った戦艦を二隻しか保有していないのである。武蔵はいるが、それでも全く数が足りない。
「負けることはないだろう。しかし局所的に不利になる可能性が高い」
「そうだね。向こうの戦艦が無理やり突っ込んで来たら、食い止められる戦力はない。伊勢型も金剛型も、流石に厳しいだろう」
「数で劣っているというのは、やはり憂慮すべきだ」
「じゃあ数を減らせばいいんじゃないかな?」
「ああ。それはもちろん検討している。元より我が国の基本方針だからな」
「戦力に優っているのに漸減邀撃が基本方針なのかな?」
「……被害は少ない方が良いに決まっている」
「被害ねえ。主力艦を温存したいだけなんじゃないかな?」
草鹿大将は何も答えなかった。とにもかくにも、和泉の意見を交えつつ作戦が詰められていった訳だが、アメリカ軍はそれを待たずに行動を開始した。
「空軍より入電! 敵空母より艦載機の発艦を確認せり!」
「コメットか……。全艦隊、対空戦闘に備えよ!」
戦いの火蓋は切って落とされた。