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ヒトラー再び

 一九五六年四月十七日、大日本帝国東京都麹町区、皇宮明治宮殿。


「キューバの戦況は非常に悪いようです。国連が介入しなければ、全土占領まで1か月もかからないでしょうな」


 大本営政府連絡会議の席で、陸軍参謀総長武藤章大将はキューバの戦局について報告を行った。


「報告ご苦労。どれもこれも、国連軍が相互不信なのが原因だろうねえ」


 石橋湛山首相は溜息を吐いた。アメリカの先制攻撃から一ヶ月以上が経過したが、未だに国連軍最高司令官は決まらず、それ故に国連軍最高司令部も編成できていない。国連軍は結成されていないも同然であった。


 日本、ドイツ、ソ連はいずれも国連軍の主導権を握ることに執着している。それは国連軍最高司令官として専横を行いたい訳ではなく、他国が国連軍を私物化することを恐れているからであった。結局のところ、根本的な原因は列強の相互不信であり、こればかりはどうしようもない。


 と、その時であった。軍令部総長神重徳大将に、焦った様子の伝令が何やら耳打ちした。


「どうしたのかね、神大将?」

「どうやらアドルフ・ヒトラー総統が間もなく大阪に入るようです」

「……何だって? 重光君、聞いていたか?」

「いえ、私も初耳です。また唐突なことを……」


 重光外務大臣は阿南内大臣がまた妙なことを企んでいるのではないかと疑ったが、今回は内大臣も知らないようであった。


「大将、ヒトラー総統はいつ来られるのかな?」

「3日後に大阪に入る予定とのことです」

「3日だって? すぐ近くにいるってことじゃないか」

「そのようです。先方は出迎えの類は不要だと言っていますが本当に何もしないようでは帝国の面子に傷が付くでしょう」


 これほど突然の来訪、普通に考えて無礼なのはヒトラー総統の側なのだが、かと言って応対の一つもできないのは日本の恥であろう。これは重光大臣も同意するところである。


「その通りだが、海軍から船は出せるのかな? 今は忙しいと思うが」


 海軍はアメリカ本土進攻に向け、戦闘艦艇のほとんど全てを真珠湾に集結させている最中である。


「動かせる艦はほとんどありませんがこういう時は三笠を出すとしましょう。儀礼としては十分かと。問題ないな、重光大臣?」

「はい、問題ありませんかと」


 という訳で、接伴艦には三笠が指名された。三笠はもちろん戦闘艦艇としては数えられておらず、内地でゆったりと余生を過している訳だが、世界的に有名な彼女ならヒトラー総統の出迎えにも足るだろう。


 ○


 豊後水道に入った総統護衛艦アトミラール・グラーフ・シュペーを、三笠は21発の礼砲で迎えた。ヒトラー総統は伝説の戦艦である三笠に乗りたがっているのだが、流石に車椅子の総統を洋上で移動させることはできず、シュペーと三笠は一旦呉港に停泊した。


「長旅お疲れ様です、我が総統。呉に到着しました」

「ここが東洋一の軍港か。見たかったものを二つも同時に見れて私は幸せ者だな」

「我が総統のお喜びは私の喜びです」

「そう堅いことを言うな。では、三笠に行こうか」


 シュペーは『アドルフ・ヒトラー突撃隊』に護衛されつつ、総統の車椅子を押して岸壁に降り立った。すぐ向かい側に泊まっている三笠からは、その船魄が既に降り立っていた。真っ黒い学生服のような服に黒い軍帽を被った、どこか浮世離れした少女である。


「お初にお目にかかります、アドルフ・ヒトラー総統閣下。本艦は三笠。敷島型戦艦四番艦の三笠であります」

「おお、君が三笠か。是非とも日本海海戦でロシア人共を粉砕した話を聞かせて欲しいものだ」

「本艦にも多少の記憶はありますが、明確に覚えている訳ではないのであります。それでもよろしいのでしたら」

「それでも構わないよ。さあさあ、まずは君の艦に乗せてくれ」

「もちろんであります。さあ、こちらに」


 三笠に案内されるまま、シュペーは車椅子を押して三笠に上がった。しかしシュペーはどこか不機嫌そうに三笠艦内を見回していた。


「私が三笠に乗りたいと言って、機嫌を損ねてしまったかな?」

「いえ、まさか。そんなことはございません」

「ならいいのだが。別に私は君に飽きたという訳ではない。偶には乗る艦を変えることくらいあるだろう」

「はっ。ありがたいお言葉です」


 かくして三笠とシュペーは大阪港に入った。ヒトラー総統はまさか観光の為に日本に来た訳ではない。目的地は国連本部である。日本側では石橋首相が急遽国連本部に入ってヒトラー総統を迎えた。


「石橋首相、直接顔を合わせるのは初めてかな?」

「そうなりますな、ヒトラー総統」

「短い間だが、よろしく。私はもう随分と年老いた。長話をしている体力はなくてね。だから単刀直入に言わせてもらうが、我が国のロンメル元帥を国連軍最高司令官にしてもらいたい」

「……いかに総統閣下とは言え、それを受け入れる訳には――」

「これはドイツの利益の為ではない。人類の利益の為だ。私からロンメル元帥に、国連軍最高司令官の地位を濫用しないように申しつけておく。そのように宣言もしよう」

「なるほど。総統閣下が保証人になってくださるという訳ですか」

「そういうことだ。この美しい地球から汚らしいアメリカ人を根絶やしにしてくれたまえ」

「根絶やしにするつもりはありませんがな」


 その後、ヒトラー総統は国連総会で簡単な演説を行い、ロンメル元帥への支持を呼び掛けた。日本もソ連も早く国連軍最高司令官を決めたかったので、これは決め手として十分であった。


「――賛成多数により、国際連盟軍最高司令官として、ドイツ国のエルヴィン・ロンメル元帥閣下を指名させていただきます」


 かくして、国連軍はようやく動き出したのである。

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