霧島の突貫
「……命中しました!」
「敵に与えた損害は?」
デモインに限らず大型戦闘艦はレーダーで敵の位置を見て砲撃しているので、敵を直接見てはいない。見えたとしても小さ過ぎて、目視でどれほどの損害を与えたのか確認することは不可能だろう。友軍の観測機からの情報頼みである。
船魄に直接話しかけるのは普通の士官には憚られるようで、ケネディ少将が部下から受けた報告をデモインに伝える。
「どうやら、ほとんど効いていないようだ」
「……了解」
暴れ馬の霧島に初の命中弾を叩き出したものの、霧島が幾ら旧式艦と言っても、重巡洋艦の主砲で戦艦の装甲を撃ち抜くことは無理だった。
「君の射撃方法を他の艦にも教えて欲しいんだが、構わないか?」
「構わない。けど、敵は少しやり方を変えたみたい」
「何?」
「急に近づいてこなくなった」
「ふむ。こちらの精度を見極めていたというのか……?」
つい先程まで猛速で突撃してきていた霧島だが、突如として針路を90度曲げて、ここから25kmほどの地点をグルグルと動き回っている。相変わらず回避運動は巧みで、それどころか回避に全力を注いでいるお陰で、砲撃は全く当たらなくなってしまう。
霧島が意味不明な奇行に走っていること30分ほど。先程まで存在を無視できていた比叡達が接近してきていた。
「もう一方の戦艦は、やはり我々の頭を押さえようとしているようです」
「典型的なT字戦法か。やはりこっちの戦艦は囮なのだろうか」
回避に長けている戦艦を囮にするというのは合理的だし、命を重んじる日本軍らしくもある。ケネディ少将は当初の予想が正しかったと判断した。
「敵は第一次世界大戦の戦艦だが、T字戦法で一方的に撃たれるのは避けたい。ニュージャージーは引き続き、こちらの戦艦の相手をせよ。ケンタッキーは90度回頭し、敵主力部隊を迎え撃て」
二隻の戦艦を直角に配置するという滅多に見ない陣形である。しかし敵の二隻の戦艦に挟撃されようとしている今、それが最適であるとケネディ少将は判断した。各艦の戦闘能力は勝っており、敵と正面から殴り合っていれば確実に勝てるのだ。それ以上を求める必要はない
「私は、どうすればいい?」
デモインが尋ねる。
「重巡部隊は、戦艦の後ろに隠れておこう。敵の重巡が肉薄してきたら迎え撃つ」
「それまで、戦えない……」
デモインは不満そうであるが、重巡洋艦が戦艦に滅多打ちにされる可能性は避けねばならない。魚雷を使わない限り霧島に損傷を与えるのはほぼ不可能だが、逆はいとも容易いのだ。
「安心してくれ。敵がこの状況を打破するには、魚雷を使う他にない。敵は必ず接近戦を挑んでくる。そこを君が迎え撃つんだ」
「分かった。そうする」
霧島と戯れること更に40分ほど。比叡の大和型に似た独特の艦橋が確認できたので、どちらが比叡でどちらが霧島なのかの判別が付いた。比叡は射程ギリギリ30kmほどの距離でケンタッキーと睨み合っている。
「時間稼ぎか? ……付近に日本の艦艇はいないだろうな?」
「いいえ、閣下。ここから半径300km以内に敵艦は確認できません。ソ連とドイツの艦艇も含めてです」
「なら、これは一体――」
「て、敵が動き出しました!」
「ふむ。船魄の能力差で勝てるとでも言うつもりか?」
比叡と霧島が距離を詰めてきた。だが、普通に戦うつもりはないらしい。
「霧島、再び増速しています!」
「およそ36ノットで突っ込んできます! それも真正面から!」
「何をする気だ……」
比叡はあくまで舷側を敵に向けながら、蛇行を繰り返して徐々に距離を詰めてくる。正攻法である。対して霧島は真正面を向けて一直線に突っ込んでくる。これでは正面の主砲しか使えないので、霧島は一方的に不利になるだけだ。
ケネディ少将はニュージャージーに霧島を撃退するよう命じるが、霧島は発砲炎が出た瞬間に針路を曲げ、砲弾を回避する。
「霧島、15kmまで接近しています!」
「偏差射撃では当たらない! さっきデモインがやったように撃つんだ!」
ニュージャージーは射撃方法を変更した。霧島の前方にランダムに砲弾をばら撒くのである。つまるところは運試しだ。
「全弾外れました!」
「落ち着け。戦艦の砲撃なんて最初から当たるものではない。このまま撃ち続けよ」
3度目の斉射で、ようやく命中弾が出た。一発だけであったが。
「――装甲を貫通している様子です。効いています!」
「流石にそうだろうな」
「霧島、8kmまで接近!」
「そんなに近付いて、何をする気だ?」
霧島はここまで近付いているのに一発の砲弾も撃っていない。比叡はもう何十発も砲撃を行ってそれなりの傷をケンタッキーに付けているというのに。
しかし、敵が近付けば近付くほど命中率が上がっていくというのは当然のことである。発射から着弾までの時間は数秒となり、幾ら高速戦艦と言っても能動的に回避することは不可能である。霧島には既に4発の砲弾が命中し、火の手が上がっている。
「ニュージャージーと霧島の距離、5kmを切りました」
「分かった。ここまで近くに来ると、双眼鏡で十分だな」
ケネディ少将は自ら双眼鏡を手に取り、霧島を自分の目で観察することにした。だが、その直後のことであった。
「ん? 霧島の砲塔が動き始めた?」
「そのようですね。ここに来てようやく撃ち始めるのでしょうか……?」
「この至近距離……まさかッ!」
ケネディ少将は何かに気付き、叫んだ。
「ど、どうされました?」
「ニュージャージーに通達! 全員艦橋から退避せよ! 急げ!!」
「は、はい!」
だが、ケネディ少将は間に合わなかった。次の瞬間、霧島の主砲4門が火を噴いた。その砲口は精確にニュージャージーの艦橋に向けられていた。