霧島
「金剛型なんて来てもしょうがないと思うんだけどねえ」
「まあまあ、そんなことは仰らず。いないよりは遥かにマシでしょう」
「あんたも結構なこと言うわよね……」
金剛型戦艦は第一次世界大戦水準の戦艦だ。当時は世界最強と謳われたが、そんな時代はもう40年も前のこと。アイオワ級の41cm砲9門に対し金剛型は35.6cm砲8門と、火力において圧倒的に劣っている。もちろん防御力もかなり劣っている。
瑞鶴は金剛型が真正面からアイオワ級と殴り合って勝てるとは全く思えなかった。実際、いくら船魄の能力差があろうと、装甲を撃ちぬけないのでは勝ちようがない。まあアイオワ級まで10km未満くらいにまで接近できれば、多少の損傷を与えることはできるだろうが。
とにもかくにも、比叡と霧島はその日のうちにやって来て、グアンタナモ湾で月虹と合流した。鳳翔の会議室に船魄を呼び寄せると、片方は瑞鶴がついこの間に出会った赤髪の優雅な少女であり、もう片方は乱れた紫の長髪を持つセーラー服の少女であった。
「つい2か月ぶりですわね、瑞鶴さん」
「ええ。また会うとは思わな――」
瑞鶴が言いかけた時、もう片方の少女(つまりは霧島)が瑞鶴に駆け寄りながら叫んだ。
「おお! アンタが瑞鶴!?」
「え、ええ、そうだけど」
「帝国の空母で一番強い奴! アタシ、アンタと喧嘩してみたかったんだよ!!」
「はぁ?」
霧島は拳を突き合わせてやる気満々である。瑞鶴は全くついていけなかった。
「アタシ、強いヤツと喧嘩するのが大好きなんだ! アンタはちょうど指名手配中だ――」
比叡が霧島の肩を思いっきり掴んだ。骨を握りつぶしそうな勢いである。
「痛ッ!」
「霧島? 瑞鶴さんは味方です」
「えー、一回くらいやり合ってもいいじゃんかー」
霧島は悪びれもしないが、比叡からは静かに殺気が溢れ出す。
「ダメですよ、霧島。これ以上そんなことを言っていたら、今夜のお仕置はキツくしますわよ」
「あ、お仕置なのは確定なんだ」
「瑞鶴さんにご迷惑をお掛けしていますから、当たり前ですわ」
「いやいや、ごめんって」
「謝罪で済んだら海軍刑法は要らないのです。霧島は取り敢えず、その辺りで静かにしていなさい」
霧島を部屋の隅に追いやって、比叡は「妹がご迷惑をお掛けして申し訳ございません」と自然に謝罪をし、早速作戦の話に入った。
「さて、敵はアイオワ級戦艦が二隻、とのことでしたわね」
「ええ、そうよ。正直に言うけど、あんた達じゃ相手するのは厳しいと思うわ」
と言うと、その言葉に霧島が反応して遠くから叫んできた。
「アメリカの戦艦にアタシ達が勝てないって!? 随分と舐めてくれるね!?」
「霧島……。何か作戦でもあるのですか?」
「作戦? そんなんないけど?」
「では少し静かにしていてください」
「ちぇっ」
比叡は霧島を改めて黙らせた。
「ええと、比叡さん、比叡さんは何か作戦があるんですか?」
妙高は尋ねる。妙高は帝国海軍時代に比叡と何度か顔を合わせたことがあるので、比較的話しやすいのだ。
「お恥ずかしながら、わたくしにも取り立てて作戦はないのです。瑞鶴さんの仰る通り、わたくし達は攻撃力、防御力共にアイオワ級に著しく劣っていますわ。機動力は同等ですが」
「ですよね……。機動力でも勝てはしないんでしたよね……」
「ええ。些か屈辱的ではありますが、そう認めざるを得ません」
アイオワの基準排水量は5万トンもないのに全長は270mもある。これは船体が非常に細長いということを示しているのだが、そのお陰で速力はかつて巡洋戦艦として建造された金剛型と同等なのである。
「ではお前達が来た意味はないではないか」
「ちょっ、ツェッペリンさん……」
「敵を撃沈することには、確かに貢献できないかもしれませんわね」
「まあまあ、ツェッペリンさん。彼女達には囮になっていただいて、その間に何かをすればよいのです」
鳳翔はツェッペリンと同じくらい失礼なことを言って憚らない。流石の夕風もこれにはドン引きである。しかし比叡はそれも当然というように応える。
「ええ。重巡洋艦の方々と比べれば、わたくし達は遥かに打たれ強いと言えましょう。わたくし達を囮にするのは合理的ですわ」
「囮にしてる間に何かする、ねえ……」
瑞鶴は妙高に意見を求めた。
「こういう時は、やっぱり魚雷を使うのがいいんじゃないでしょうか」
「ま、そうなるわよね」
こちらの主砲がどれも通じなさそうな以上、魚雷に頼るしかないだろう。アイオワ級ならそれほど大量の魚雷は必要あるまい。
「ですが、敵もそれは想定する筈です。その、言いにくいんですけど……比叡さん達を無視してこっちを狙ってくる可能性も……」
「その時は適当に回避すればいいじゃない。前に同じようなことをやったし」
「そ、そうですけど、今回はデモイン級もいます。敵に十分接近するのは、難しいかもしれません」
「そんな自爆みたいな作戦、私は反対よ」
と、愛宕は遠慮なく言い切った。妙高も元より現実味がないと思っていたので、特に言い返すことはできなかった。畢竟、戦艦二隻が加わったところで状況は大して変わらないのである。