連合艦隊の攻勢Ⅱ
「ノヴォロシースクだけ下がらせて、敵は何を考えてるんでしょうか」
「さあな。俺に聞かれても分からん」
脆弱な空母を下がらせるのは、日ソ連合艦隊が何か危険な賭けに出ようとしているということだ。そこまで分かっても、しかし実際に何をしようとしているのかは、エンタープライズには分からない。
「こちらの前衛を強行突破、というのはあり得なくもないですね」
「だったらその時に奴らを狙えばいいだけじゃないか」
エンタープライズを守るのはアイオワ級が二隻だけの頼りない艦隊であるが、そう簡単に突破することはできまい。交戦すれば必ず陣形が乱れる。
「ええ。その時にソ連の戦艦を撤退させることができれば、勝機は大いにあります」
「ああ。ここで負けたら、キューバは確実に落とされる。頼むぞ」
カリブ海およびメキシコ湾の制海権を失えば、キューバにいる米軍は完全に孤立する。殲滅されるのは時間の問題だ。
さて、日ソ連合艦隊が攻勢に出てからおよそ5時間。日ソ艦隊とアメリカ海軍前衛部隊の距離は80kmを切り、接敵も間際であった。前衛部隊はエンタープライズから100km以上離れており、エンタープライズに敵を近付けさせないという気概に溢れている。
しかし、その時であった。
「閣下、敵は艦隊を二つに分けたようです」
「何? こんなところで戦力を分散させるのか? 意味が分からんぞ」
「それで、敵はどういう風に分かれているんですか?」
エンタープライズは報告に来た士官に問う。基本的にエンタープライズと会話するのはマッカーサー元帥だけなので、士官は驚いたのか怯えたのか、一瞬固まってしまう。
「――は、はい。敵は戦力をほとんど二等分しています。ソビエツキー・ソユーズ、ソビエツカヤ・ベラルーシがいる方は、我が方の前衛部隊と睨み合っています。こちらを本隊と名付ければ、別働隊には扶桑、山城、長門、陸奥がいます。別働隊は目下、東に向かっています」
「その他の艦艇は?」
「空母は依然として、全て本隊の後ろにいます。補助艦については、別働隊に重巡洋艦が三隻付いています」
「そうですか。ありがとうございます」
「ど、どうも……」
「下がっていいぞ」
今から決戦というのに、敵の目の前で戦力を二手に分ける。狙いは幾つか考えられる。
「これは……あれか? 二つの艦隊でこっちの前衛部隊を挟み撃ちにする、みたいな奴じゃないか?」
マッカーサー元帥は海軍の用語に明るくないが、しかし海戦の定石はそれなりに理解しているようだ。
「確かに、こちらは数的に不利です。挟み撃ちというより、縦と横から攻撃するという方が正しいですが、そうなったら一方的に壊滅させられるでしょうね」
戦艦というのは基本的に横方向へ最大の火力を発揮することができる訳だが、逆に言うと正面や背後には一部の主砲しか向けることができない。二方向から同時に攻撃されると、どちらかから必ず丁字戦法を喰らうという寸法である。
「マズいじゃないか」
「ええ、確かに。しかしそんなことをすれば、防空は極めて疎かになります。コメットでソユーズとウクライナを攻撃すれば、簡単に落とせるでしょう」
「なるほど。じゃあ敵は何を考えてるんだ?」
「さあ。私に聞かれても分かりませんよ」
「何も思い付かなかってことはないだろう」
「ふふ。そうなって欲しくはない、という想像ならありますが」
それから1時間後。エンタープライズの想像は、残念ながら的中するようであった。
「敵別動隊が進路を変えました! こちらに一直線に向かうルートです!」
「本隊はどうなっている?」
「依然、止まったままです」
「こいつは……お前の予想通りだったな、エンタープライズ」
マッカーサー元帥は舌打ちしながら。
「ええ。面倒なことをしてくれましたね。武人らしからぬ振る舞いだと思うんですけどね」
要するに、前衛部隊を無視してエンタープライズを直接殺しに来たということだ。戦艦も重巡洋艦も数で劣っているせいで、前衛を無視されると手の打ちようがないのである。
「こうなったら、別働隊を沈めるしかないな」
「ええ。ソユーズとベラルーシを狙っても意味がありません」
ソ連海軍を撤退させたところで意味がない。接近してくる扶桑、山城、長門、陸奥を航空戦力のみで無力化しなければ、エンタープライズは死ぬだけである。そしてエンタープライズが失われれば、アメリカ艦隊は日ソの航空戦力に殲滅されるだけである。
「残りの弾だけで、奴らを沈められるか?」
「沈めるのは無理でしょうが、無力化だけなら或いは。いえ、無力化する必要もありませんね。機動力さえ奪ってしまえばいいのですから」
「そうだな。ここで上手くやれば、逆に戦力で逆転できる、そうだろう?」
「ええ、まさに」
移動中ならともかく戦闘中に戦力を分散させるというのは、一般的に愚策である。エンタープライズは死の危険に晒されているが、同時に勝利も目の前にあるのだ。
「コメットの発艦用意はできていますか?」
「もちろんだ」
「ではそれに加えて、スカイレイダーも出す用意を」
「普通に雷撃するのか?」
「それができればいいんですがね」
エンタープライズはまた悪巧みを思い付いていた。